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〒314-0031 茨城県鹿嶋市宮中7丁目10-7

園長コラムcolumn

共に喜んで 〜すべての歩みの中〜


はらぺこあおむし
 「…おひさまがのぼって あたたかいにちようびのあさです。ぽん!とたまごから

 ちっぽけなあおむしがうまれました。…」(『はらぺこあおむし』エリック=カールさく 偕成社 より)
 
 先日、鹿島教会の有志で草刈りをしていた時、チョウチョの幼虫を見つけて、この絵本のことを思い出しました。

 作者のエリック=カールさんは、アメリカ生まれでしたが、両親がドイツ人であったため、小さい頃ドイツに移住し、シュトゥットガルト造形美術大学で絵を学び、再び渡米した時に、絵本作家のレオ・レオニの紹介でニューヨーク・タイムズのグラフィックデザイナーとして働くことになりました。ロングセラーとなった代表作『はらぺこあおむし』は、全ページにわたって、カラフルな世界が広がっていて、特に鮮やかな緑とポイントとなる赤が、活き活きとした生命観を豊かに表現しています。そこには、生きる喜びが躍動しているように感じます。カールさんは、今から一ヶ月程前の五月二十三日、マサチューセッツ州の別荘で、静かに生涯を閉じました。九十一歳でした。

 昨年、鹿島幼稚園では、台風で被害を受けた絵本の部屋の改修工事を行ない、2000冊以上の絵本を購入するなど、絵本の充実を行ないました。以前園で講演して頂いた吉井康文さん(前こぐま社社長)は、「絵本の読み聞かせには、スキンシップやアイコンタクト、心が動き、人の気持ちや痛みが分かるということ、コミュニケーション能力や想像力が豊かになるということ等、子どもの成長に必要なものがたくさん詰まっている」と、教えて下さいました。

 コロナのために、外出することもままならないような日が続いていますが、お家でも、親子で心温まる絵本を開いてみてはいかがでしょうか?ほっこりとする時間が過ごせれば、天国のエリック=カールさんもきっと喜んでくれると思いますよ。

                               【2021年7月】
子どもたちのコミュニケーションパワー
 イエス様と十二人の弟子たちで始まったキリスト教は、今や世界へと広がり、その数は、二十三億人と言われていて、世界最大の宗教となりました。それは、神様の愛が、世界中で、いろいろな国の言葉で語られ続けてきた結果です。

 子どもたちも、それぞれの成長に合わせて、それぞれ個性的な、いろいろな言葉でコミュニケーションを取り合っています。
 
 「一番上手な保育というのは、子どもたちがおたがいに気の合った仲間をみつけて、自分たちで相談し合って、おたがいにルールをつくり、あるいは新しい遊びを発見して、コミュニケーションし合いながら、行動するというのがいいのです。子どもたちが自分たちで考えて、だけど一人ではなくて、何人かで生き生き活動している。あっちに、ああゆうかたまり、こっちに、こういうかたまりがあるという感じで行動できているのが、本当の意味で、ともに育っていることなんです。」(佐々木正美著『続 子どもへのまなざし』より。) 児童精神科医である佐々木先生は、子どもたちの成長にとっては、一人でゲームをしたり、習い事をするというのではなく、子ども同士のコミュニケーションを豊かに取り合いながら、「一人」ではなく「共に」育つ事が大切だと指摘しておられます。

 子どもたちは、言葉だけではなく、お互いの表情や仕草などを通しても、豊かなコミュニケーションを取り合う力を持っています。そのように、園で、豊かなコミュニケーションを取りながら「共に遊ぶ」時間が、「共に育つ」時間となるのです。

 神様に見守られながら、共に遊び、共に育ち合い、子どもたちの世界は、豊かに、そして、無限に広がっていくのです。

                               【2021年6月】
神様の力に守られながら
 新しい年度のスタートを迎えた4月も終り、爽やかな新緑の風が吹く5月を迎えました。環境の変化という不安の中、部屋の中で遊ぶことが多かった子ども達も、園の様子やお友達にも少しずつ慣れていくことにより、元気に外へ飛び出していくようになりました。

 緊張がとけてきた子どもが増えている一方で、新しい生活に慣れようと一生懸命な子もたくさんいます。慣れるスピードもそれぞれの個性なので、一人一人が無理無く、それぞれのペースで楽しみを増やしていけることが大切です。
 
 園生活にようやく慣れはじめたけれど、5月の連休明けにはまた、4月当初のように泣いたり、不安がったりということが起こる時期でもあります。それぞれの思いを受け止めながら、それぞれの歩幅に合わせた保育を心がけたいと思います。

 聖書には、人間が、神様の見えない力である「聖霊」に守られていると書かれています。聖書の時代の人々は、風が吹くとそれは、「神様の息」だと感じた感受性豊かな人々でした。この時期、キリスト教では神の力が降って教会が誕生したことを御祝いする「ペンテコステ」というお祭りがあります。

 子どもたちは、風を神様の息だと感じた人々と同じように、豊かな感性を宿しています。清々しい「風」の吹く季節を迎えて、子ども達一人一人に、神様の力が満ちあふれて、元気いっぱいに過ごせるよう、豊かな感性を守り育てていきたいと願っています。

                               【2021年5月】
イエス・キリストが行く手に
 進級そして入園おめでとうございます。

 桜の花が咲くころになると、教会では、毎年、イエス・キリストの復活をお祝いするイースター礼拝を守ります。
 
 イエス・キリストの生涯を記したマタイによる福音書には、復活されたイエスが、弟子たちの行く手に立って「おはよう」と声をかけられたと記されています。この「おはよう」という言葉の元の言葉は「カイラテ」というギリシャ語なのですが、それは「喜びなさい」という意味です。

 これから始まる新年度も、キリスト教保育を実践する鹿島幼稚園で、砂場、木のお家、三輪車、ブランコ、サッカー、積み木、お絵描き、お散歩…その他たくさんの遊びを一緒にしながら、全ての子どもたちが、ひとりひとりの行く手に立つイエス・キリストに守られ、導かれながら、毎日楽しく、喜びに満ちて、元気に過ごすことができるのです。

 (今年度も、このコラムは大塚園長が毎月執筆していきます)

                               【2021年4月】

ことばに満たされる


命の道
 あの東日本大震災から十年が過ぎようとしていた先月、福島の地を震度6強の「余震」が襲いました。幸い、津波は起こらず、死者も出ませんでしたが、建物や道路の被害は甚大です。神様のお守りが豊かにあるよう、お祈りします。

 震災による福島第一原子力発電所事故による廃炉工事は、あと四十年以上かかると言われています。この事故は、自然を甘く見た人類が、経済優先で生きるとどうなるかということを思い知らされた悲惨な事故でした。人類が優先するべきものは、命であるということをこの時、新たに心に刻まねばならないと思います。
 
 イエスは「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父(神)のもとに行くことができない。」と教えました。十字架刑で殺されたイエスは、自らの命を犠牲にして、私たちに本当の命を得させて下さいました。イエスは、私たちを「命」へと導く「道」なのです。

 いよいよ春が近づいてきました。子ども達がこの一年も、たくさんの経験を通して心も体も大きく成長したことを喜びをもって実感されたことでしょう。園までの道、元気に駆け回った園内の小道…いろんな道を通って、春からはまた新しく、それぞれの道を歩み始めます。

 鹿島幼稚園の子ども達は、イエス・キリストがその命をかけて示して下さった道を神様に見守られながら、元気一杯歩んでいくのです。

 (一年間お読み頂き、ありがとうございました。園長:大塚 愼)

                               【2021年3月】
神様が示す地へ
 年長さんと話している時に、時々「鹿島幼稚園に、ずっといたいよ。」という言葉を耳にすることがあります。鹿島幼稚園が大好きなんだという気持ちが伝わってきて、園長として、胸が熱くなります。

 イスラエルの人々は、かつて神様が示される地を目指して「民族大移動」を行なったことが聖書に記されています。居心地のよかった場所を離れることには、寂しさや不安がつきまといます。しかし、彼らは、神様を心から信頼し、どのような場面でも、守り導いて下さる神様に全てを委ね、新たな地へと向かっていったのです。
 
 この一年は、コロナ騒動で明け暮れました。目に見えないウイルスと闘いながら生きることを強いられ、人類はある意味で新たなステージに立たされたと言えます。今のところ、日本では、十代以下の子どもたちに死亡者は出ていませんが、感染者は出ていますし、五月以降に一般に実施される予定のワクチンもまだ認可が下りていない状況です。幸い、鹿島幼稚園でこれまでに感染した子どもはいませんが、今後も感染防止対策を万全に行なって保育を続けていきたいと思います。

 聖書の民と同じように、鹿島幼稚園の子ども達のことも、神様はずっと見守って下さいます。小学校への道も未来への道も、ずっと。

 鹿島幼稚園で過ごした経験を糧に、神様に見守られながら、新しいステップへと旅立つ春は、もうすぐそこに来ています。

                               【2021年2月】
笑うイエス
 昨年は、コロナ感染のため、社会全体が「暗い」一年となってしまいました。暗い社会からは、「笑い」が消えます。

 私は「お笑い」が好きで、バラエティー番組などもよく見るのですが、「笑い」は、病気の予防や治療にも効果があることが究明されていて、身心に様々な良い効果をもたらすことが分かっています。また、「新生児微笑」は、養育者の心を和ませ、乳児は生後2,3カ月頃から自発的に周囲の人に微笑を向けるようになります。これは、社会的微笑と呼ばれるもので、人間が、他者との絆を作る第一歩でもあります。
 
 イエス・キリストは、当時の社会の中で差別された人々また、大人からはじき出された子ども達に深い愛を注がれました。イエスが、お笑いが好きだったかどうかは分かりませんが、子ども達に顔を向けて「抱き上げ、手を置いて祝福された」イエスの口元には、当然、微笑みが広がったことでしょう。イエスは出会いの度に人々に微笑みかけ、喜びと信頼と希望へ導き、貧しい人々、苦難の中にいる人々を癒されました。そして、子ども達の全てを微笑みで受けとめ、その心を成長させる「愛」を示して下さったのです。

 コロナで市内に外出自粛令が発令される中、保護者参加を中止して、予定通りの日程で行なった園もありましたが、鹿島幼稚園は、保護者の皆さんとの触れ合いを重視し、延期して、親子プログラムを実施することとしました。親子での喜びの時を、ぜひ笑顔いっぱいでお過ごし戴ければと思います。そしてこの1年が、みんなの笑顔で満たされるよう、心よりお祈りします。

                               【2021年1月】
希望の始まり
 今年も、イエス様のお誕生をお祝いするクリスマスが近づいてきました。キリスト誕生の夜、夜通し羊の群れの番をしていた羊飼い達のもとへ最初に、その喜びの知らせが天使によって届けられました。

「羊飼いは、『羊飼い!』といって胸をはって自慢できる職業ではなかった。…この逆転劇はこれからいつまでも彼を受け入れる者に続きます。だからこの方の誕生を心の底から『喜び合う』のです。(キリスト教保育連盟一九八五年『キリスト教保育』誌十二月号より)」この文は、鹿島幼稚園初代園長青木敬和牧師が、全国のキリスト教幼稚園のスタッフが学ぶテキスト『キリスト教保育』に連載されたもので、当時五十五歳だった青木牧師は、今年九十歳になられ、今も熱い祈りとメッセージで園にエールを送ってくださっています。お連れ合いの青木昭子さんも、毎朝、園バスで出発する、ご近所の園児をニコニコ笑顔でお見送りしてくださり、お二人の温かい励ましに心より感謝しています。小さく弱い羊のために生きる羊飼い…青木牧師が指摘されているように彼等もまたユダヤ教権力者から宗教的規則を守らないからと差別された弱き人々でした。教会の牧師の牧は、牧場の牧で、羊飼いがそのルーツです。羊飼いの生き方は、キリスト教保育の原点を示すものでもあります。人間は弱い存在だが共に生きることによって安らぎや希望を与えられる、その喜びを告げるためにイエス・キリストは誕生してくださいました。
 
 冬を迎え、コロナに加えインフルエンザも心配ですが、楽しく元気に、希望の始まりであるクリスマスを「心の底から喜び合って」迎えるために子どもたちのこころのそばに寄り添う保育を続けていきたいと思います。

                               【2020年12月】
アイヌ
 ついこの前まで、暑い暑いと思っていたのに、北海道で雪が降ったというニュースを聞いて驚きました。以前、家族で阿寒を旅した時に、地元のアイヌの語り部、千家盛雄さんという方のお話しを伺ったことがありました。千家さんは、「『アイヌ』とは、『人』という意味。ただし、人を愛し、平和に生きる一人前の人間という意味です。そうでなければ、アイヌとは呼ばれないのです。」と話していました。現代社会において本当の意味で『アイヌ』と呼ばれる資格のある人は一体どれくらいいるのだろうかと思わずにはいられませんでした。ちなみに、オーストラリアの「アボリジニ」やカナダの「イヌイット」も「人間」という意味です。

 聖書には、イエスが「あなたを人間を漁る漁師にしてあげよう」と語られた場面があります。イエスが「人間」と言う時の意味も、アイヌと同じで、「人間を漁る」というのは、あなたを「人を愛し、平和に生きる者へと成長させる」という意味なのです。
 
 コロナに加えて、インフルエンザも心配な季節を迎えますが、いろんな意味で実りの多い秋期保育の間に、こどもたち一人一人が、さらに素敵な「人間」へと大きく育っていくことを祈り、見守っていきます。

                               【2020年11月】
キリストの恵みを受けて
 先日、テレビで、神父さんの食事のロケ番組を見ました。その中に、聖餐式のシーンがありました。聖餐式というのは、葡萄酒とパンをキリストの恵みとしていただく儀式で、世界中の教会が守っています。鹿島教会では、ぶどうジュースを用いて礼拝出席者が子どもも含めて誰でも自由に守れる聖餐式を行っています。今年はコロナのため、聖餐式も各家庭で守るようにしていますが、実りの秋を迎えて美味しいぶどうジュースでますます神様の豊かな恵みを感じることが出来ればと願っています。

 東京の幼稚園で、ぶどうが喉につまり悲しい事故が起きました。鹿島幼稚園では、安全性は勿論のこと、栄養バランスを考えながら、毎日スタッフが、心を込めた手作りで美味しい給食を提供してくれています。
 
 いつものように、マンナルームの前で、給食をいただくために待っていると「カーニバル、楽しみ!」と、子どもが声をかけてくれました。今年は、例年通りのスタイルでは行えないので、楽しみにしてくださっていた保護者の皆さんには、残念な思い をお掛けして申し訳なく思っています。でも、子どもたちは、いつものように楽しみにしてくれていますので、子どもたちみんなが楽しめるカーニバルにしたいと願っています。

 コロナ禍の中、保護者の皆さんの温かいご理解、お支えを頂き、保育を続けられていることを心より感謝しています。お父さん、お母さん、お爺ちゃん、お婆ちゃん…恵みの秋を迎え、たくさんの方々の愛情とキリストの深い恵みをいっぱい受けながら、元気いっぱい過ごす子どもたちの成長を日々見守り、支えていきたいと思います。

                               【2020年10月】
神様のお守りがありますように
 まだまだ暑い日が続いていますが、いよいよ2学期が始まりました。コロナ渦に振り回される夏でしたが、子どもたちはどんな夏休みを過ごしてきたのでしょうか?

 鹿島幼稚園の一人一人が、夏に積み重ねた経験を栄養にし、神様の愛に守られながら、大きく成長していって欲しいと願っています。
 
 一九九五年、小児科医の吉岡秀人さんは、ミャンマーで医療活動を開始されました。二〇〇四年、国際医療ボランティア団体「ジャパンハート」を設立し、ミャンマー・ヤンゴンオフィスを開設します。ジャパンハートは、海外では、ミャンマー・カンボジア・ラオスで子どもの診療・手術を無償で実施し、その数は、年間二万件にのぼります。日本国内では医療者不足が深刻な僻地・離島への医療者派遣、小児がんの子ども達を支援する「Smile Smile Project」を実施しています。

 新型コロナウイルス感染拡大の第二波の渦中にあって、医療従事者の方々は、正に命がけで日々大切な職務を続けてくださっています。神様のお守りが豊かにありますようお祈りします。

 鹿島幼稚園の母体である鹿島教会は、会堂礼拝及び全集会を休止していますが、教会メンバー一同、それぞれの家庭で守る礼拝の中で、園に集う子どもたちを覚えて、そして、子どもたちのために働くスタッフを覚えて、神様のお守りがありますよう日々祈り続けています。私も園長として牧師として、コロナで苦しむ一人一人が一日も早く癒されるよう、そして、そのために働く医療関係者が守られるよう、園児とスタッフの上に、神様のお守りが豊かにありますよう心から祈り、神様のお守りのもと、更なる感染防止に努めながら子どもたちの成長を支えていきたいと思います。今後も引き続き、園へのご理解とご支援をよろしくお願い致します。
 
                               【2020年9月】
共に生きよう
 鹿島幼稚園の子どもたちは、「さんびか」をよく歌います。さんびかとは、文字通り、讃美する歌ですが、誰を讃美するかというと、神様です。簡単に言えば「神様ありがとう」という思いを込めて歌う歌です。みんなで、元気一杯さんびかを歌うことで、協調性を育み、音楽の楽しさを学ぶことも出来ます。バッハやヘンデル、ハイドン、シューベルト、ブラームスなどなど、世界的に有名な音楽家は、みんな教会でさんびかを演奏する奏楽者でした。そのさんびかに「さあ、共に生きよう」という歌があります。イエス様は、苦しみにある人、悲しみにある人々に出会い、友となられたのだから、私たちも、お互い心から友として生きよう!という内容です。

 鹿島幼稚園の保育は、このキリストの教えに従い「共に生きる力を育むこと」を目指しています。自分だけでは無く、周りの人のことを思いやる優しい気持ちが育って、共に生きる力を育むことで、その子の人生は、何倍も豊かなものとなります。
 
 前回も触れたように、新型コロナは、その「共に生きる」事を阻もうとするやっかいなウイルスです。一号認定児は夏休みとなります。今年の夏は、いつもと状況が異なり、心配事も多いと思いますが、幸い、茨城県は、自然に恵まれていますので、時には、人が余りいない緑の中などで、ご家族で共に夏を満喫していただければと思います。BGMに、クラッシックの美しい音楽を流して、というのもステキですね。それぞれ、感染防止に留意しながら厳しい夏を乗り越えて、共に、元気いっぱいの秋を迎えましょう!

                               【2020年8月】
親切と慈しみのうちに
 オリンピックが1年後に延期され、高校野球をはじめ、様々なスポーツの予定が変更される中、鹿島幼稚園も、感染拡大防止のため、バザーやカーニバルを中止せざるを得なくなりました。しかし、子どもたちには、例年と変わらないだけの喜びをいっぱい心に詰めて過ごせるようにしてあげたいと願っています。そのために、鹿島幼稚園のみんなが、バザーやカーニバルと同じくらい楽しめることをスタッフと一生懸命考えています。まずは「今年限定の嬉しいこと第一弾」として、スペシャルプレゼントを準備しましたので、親子で楽しんでいただければ幸いです。

 コロナは、人が共に生きようとすることを妨げるという点においても恐ろしい病気です。そんな中、阪神の選手が高校球児にプレゼントするために、甲子園の土を集めている姿は、阪神ファンの私の心をほっこりと暖めてくれました。球児の心も温まっただろうと思います。鹿嶋市に最初に出来た幼稚園として、共に生きる力を育むことを目標として歩み続けてきた鹿島幼稚園としては、共に生きることを妨げるコロナとの闘いは、創立以来の厳しい試練です。しかし、そのような状況であるからこそ、子どもたちと共に生きる園としての歩みが問われているとも感じています。
 
 聖書には、子どもを「うるさい」と言って追い出そうとした大人に「その子どもを私のもとに来させなさい。妨げてはならない。」と言われた、キリストの話が有ります。

 インドでも、コロナ感染が深刻な状況となっていますが、私は学生時代、インドのコルカタを訪れたことがあります。そこで会ってお話しを伺う機会が与えられたマザー・テレサの次の言葉が大好きで、生きる指針となっています。

 「私は、不親切で冷淡でありながら奇跡を行うよりは、むしろ親切と慈しみのうちに間違うほうを選びたい。」

 どんな時にも、子どもたちのこころに親切と慈しみの思いを注ぎ続ける鹿島幼稚園でありたいと願っています。

                               【2020年7月】
園のお誕生日
 新型コロナウイルス感染拡大の影響により、いろいろと予定が変更され、保護者の皆様にもご苦労をおかけしています。皆様にご理解、ご協力を戴き、これまで園内での感染者が出ていないことを感謝申し上げます。

 今年は、まだお誕生会が実施できていませんが、一日も早く感染拡大が終息し、みんな揃って、楽しく御祝いできる日を楽しみにしています。鹿島幼稚園は、日本キリスト教団鹿島教会の働きの中で誕生し、現在、六十四歳です。その間、園ではずっと「生まれてきてくれて、ありがとう!」という思いを込めて、子どもたちのお誕生日をみんなで御祝いし続けています。今年度は、コロナウイルス感染拡大防止のため、各クラスの子どものみで会を守る予定ですが、いつもと変わらず、心から御祝いし、喜びの時となるようにしたいと思います。

 毎年、この季節には、教会のお誕生日を御祝いする「ペンテコステ」というお祭りが世界中の教会で祝われます。教会が誕生した時、人々は、神様の見えない力によって、いろんな国の言葉で語りだしたそうです。鹿島幼稚園の子どもたちも、成長の度合いに合わせ、一人一人が個性的な言葉で伸び伸びと素直にコミュニケーションをとり合っています。そのようにして子どもたちの世界も、神様の見えない力に守られながら、豊かに無限に広がっていくのです。

                               【2020年6月】
イースター
 例年なら、新しい年度も約1ヶ月経って、子どもたちも、新しい環境に少しずつ慣れてくるという時期なのですが、今春はコロナウイルスが猛威を振るい、保護者の皆さんにとっても、いろいろと心配や不安な事もあり、大変だったのではないでしょうか。市の休園要請に応じて、ご理解、ご協力を戴いていることを心より感謝しております。感染状況にも依りますが、4月に出来なかったいろいろな意味でのスタートを5月に行えるよう、スタッフも懸命に準備しています。困難な状況に置かれている保護者の皆さんの心と体を神様が守ってくださるようお祈りしています。子ども達の安心は親の安心に繋がりますし、親が安心すると、子ども達も安定します。子育ては、子どもだけではなく、親も成長させてくれるんですね。

 ゴールデン・ウィークがやって来ると、子どもたちが、お家で過ごす時間が長くなるというのがいつものことなのですが、今年は、ずっと一緒に過ごすご家庭が多くなっています。園の生活に慣れて欲しかったのに…と思われるかもしれませんが、家族で過ごす時間は、何より大切な時間であることもまた事実です。どこへ出かけてもコロナが心配というこの時、例えば、お家で静かに絵本を読んであげる時間を過ごしてみるというのは、如何でしょうか。

 教会には、毎春「イースター」というお祝いがあります。クリスマスと同じようにとても大切なお祝いです。イースターは、日本語では復活祭といって、イエス・キリストが十字架の死より三日後によみがえられたことをお祝いするお祭りです。

 テレビをつければ、コロナ感染のつらい話しばかりの、ある意味、出口の見えない暗いトンネルを通っているような日々ですが、イエス様が復活されたように、鹿島幼稚園にも、いつもの元気な子どもたちの声が復活する日を楽しみに待っています。
                               【2020年5月】
愛の人に育つ
 進級そして入園おめでとうございます。桜の花が咲くころになると、私もかつて学び舎に通った日々の事がよみがえります。わたしが学んだ同志社大学神学部は、ひとことで言えば、学生達の自由を尊重する学校でした。

 桜の花が咲くころ、鹿島幼稚園でも新しい自由な歩みが始まります。鹿島幼稚園で過ごす子どもたちはそれぞれの個性を生かし、伸び伸びと遊ぶ事によって、一人一人の可能性を豊かに伸ばしていきます。子どもたちは、可能性のかたまりです。子どもたちには、たくさんの未来が満ち溢れています。

 砂場、木のお家、三輪車、ブランコ、サッカー、積み木、お絵描き、お散歩…その他たくさんの遊びを一緒にしながら、全ての子どもたちが、イエス・キリストの愛に包まれて過ごすことで、他者を愛し、愛される人に育つ事を心より願っています。

 (今年度も、このコラムは大塚園長が毎月執筆していきます)
                               【2020年4月】

ことばに満たされて 〜ひびきあう〜


愛の風を受けて
 星野富弘さんの詩の中にコスモスを描き、風を歌ったこんな詩があります。

 「風は見えない

 だけど木に吹けば緑の風になり

 花に吹けば花の風になる

 今、私を過ぎていった風は

 どんな風になったのだろう」(『鈴の鳴る道』偕成社)

 聖書の書かれた時代に生きていた人々は、吹く風を感じる時、それを神様の息だと感じる感性を持っていました。「緑」や「花」ならぬ、イエスに吹き付けた風は、どんな風になったのでしょう?イエスは、全ての人の罪を背負い、十字架に付き、三日後によみがえったと聖書には記されています。他者の痛みを敏感に受け止める事のできる感性、心の目を持つイエスに吹いた風は、イースターの復活の朝を迎えて、赦しの風となり、その後、人々の心に、永遠に吹き続ける愛の風となったのです。

 鹿島幼稚園で過ごした子どもたちは、この一年、希望に満ちた爽やかな愛の風、イエス・キリストから吹く風を受けて、日々過ごしてきました。

 新しい年度も、子どもたち一人一人が、彼らの心を豊かに育んでくれる愛の風をしっかりと受け止め、神様に守られながら、自らも愛の風をそよがせるステキな一人一人へと成長していくことを心から願っています。

 (一年間お読み頂き、ありがとうございました。園長:大塚 愼)
                               【2020年3月】
季節の流れを支配する神
 今年は、暖冬といわれていたのが、急に気温が下がる日も有り、風邪をひく子も、少しずつ多くなっています。園では、恒例のお餅つきや焼き芋大会を開いたりして、寒さに負けず、みんな楽しく元気に過ごしています。

 六千四百三十四名の犠牲者が出た阪神淡路大震災から、二十五年が経ちました。私は、実家が神戸市東灘区で、厳しい寒さの中、崩れ落ちたマンションや家屋を目の当たりにして、大きなショックを受けたことが記憶に深く残っています。しかし、一方では、四半世紀が経ち、震災のことを知らない世代が増えている中で、この震災の教訓を、いかに子どもたちへ継承していくかということが課題ともなってきています。

 今年度購入した「にじのおうち」を詳しく調べたところ、老朽化により、耐震基準に満たず、保育室としては使用困難な箇所があることが分かり、計画を変更して、老朽化した部分は取り壊して、園庭として広げる方向で準備しています。子ども達の安全を第一に考え、安心して元気に走り回れるお庭を造りますので、楽しみにお待ちください。 2020年を迎えて、早くも一か月が過ぎました。2月、カレンダーの「立春」という文字を見ると、何だか暖かくなったような気がします。暦の流れは、毎年同じように繰り返されますが、子どもたちの人生に、同じ春はありません。去年の春には、照れくさそうにしていた子どもたちが、元気にあいさつをしてくれて、いろんな事を話しかけてくれるようにもなりました。今年も、やがて春を迎えます。子どもたちが大きく、そして、確かに成長したことを喜べる春を今年も、子どもたちを見守り続けてくださる神様が与えてくださいます。

 2020年を迎えて、早くも一か月が過ぎました。2月、カレンダーの「立春」という文字を見ると、何だか暖かくなったような気がします。暦の流れは、毎年同じように繰り返されますが、子どもたちの人生に、同じ春はありません。去年の春には、照れくさそうにしていた子どもたちが、元気にあいさつをしてくれて、いろんな事を話しかけてくれるようにもなりました。今年も、やがて春を迎えます。子どもたちが大きく、そして、確かに成長したことを喜べる春を今年も、子どもたちを見守り続けてくださる神様が与えてくださいます。
                               【2020年2月】
命のことば
 寒い冬を迎えて、今年も、鹿島幼稚園におけるキリスト教保育の集大成、年長さんによるページェントが上演されました。とても素晴らしかったです。特に、みんなで一緒に歌う時の讃美歌の声が、元気でしたし、美しくそろっていて、ステキでした。一人ではなく、みんなで一緒に力を合わせる力が、育っていることに感動しました。

 十月に、前こぐま社社長の吉井康文さんに来て頂きました。「大人は絵本の文字を読みますが、子どもたちは絵を読むんです。」というお話しが、印象に残っています。

 ヨハネによる福音書という聖書には、キリスト誕生について、「始めにことばがあった。」と表現されています。闇のような社会に、「命のことば」が与えられた、それがイエス・キリストです。

 子どもたちは、文字だけでは無く、日々の生活の中での喜びや、悲しみ等を通して、様々な大切な「命ことば」を読み取りながら、知識だけでは無く、心を成長させていくのです。

 鹿島幼稚園のクリスマスだけでなく、教会学校や、キャンドルライトクリスマスにも在園、卒園の関係者の皆さんが多数参加下さり感謝でした。

 「命のことば」であるキリスト誕生の喜びの中で、新年を迎えることができました。

 この一年も、鹿島幼稚園に連なる各ご家庭の上に、神様の祝福とお守りが豊かにありますことを心よりお祈り申し上げます。

                               【2020年1月】
クリスマスの天使
 今年も、イエス様のお誕生をお祝いするクリスマスが近づいてきました。

 クリスマスの重要な登場人物に、天使がいます。歴史的な宗教画やクリスマスカードには、たいてい、白い衣をまとい、背中に白鳥のような羽の生えた長髪の美男子として天使が描かれていますが、クリスマスの天使は、一言で表せば神様のメッセンジャーです。飾り物のように片隅に控えているような存在ではありません。文字通り、天の使いとして、神の言葉、神の意志を伝える存在なのです。

 マリアに対して「おめでとう、恵まれた方」、ヨセフに対しては「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎い入れなさい」、羊飼いたちには「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。」そして博士たちへは「ヘロデのところには帰るな」と語りました。それは、天使が「語る」のであって、感じたとか、思ったとか、考えた、分かったというのではありません。人間に考える余地さえ与えず、一方的に語る、それがクリスマスの天使です。実はそれこそが、クリスマスの恵みなのです。人間の思い、考え、計算を遥かに超えて神様から、あふれ出るように与えられる恵み、それが、クリスマスの天使が伝える恵みなのです。

 今年も、年長さんがページェントを演じます。神様によって、日々、無条件に愛されて、成長したみんなが、それぞれの役を演じる中で、神様の恵みをかわいらしく、愛らしく伝えてくれる小さなメッセンジャー達によるステキな劇です。クリスマスのあふれる恵みに心を向けながら、共に喜びの時を迎えたいと思います。

                               【2019年12月】
豊かな眼差し
 秋のハッピー・バザーの際には、父母の会をはじめ、卒園関係者、教会関係者など、多くの方々に御協力頂き心より感謝致します。今年も、例年通りの盛会となりました。

 その他にも、お芋掘り、秋の遠足、収穫感謝祭と、今年も実りの秋にふさわしく楽しいプログラムが一杯です。今年は、新たに購入した「にじのおうち」の畑で、キウイがりも出来そうです。

 聖書は、神様のことを「全知全能」の方であると教えています。

 人間がどれだけ努力しても、神様の目をごまかすことは出来ません。逆に言えば、どんな状況にあっても見守って下さるのが、神様です。神様に見守られている…そのことがわたしたちの魂を勇気づけ、元気を取り戻すことが出来ます。

 子どもたちは、周りの大人の眼差しに守られながら成長します。暖かい眼差しには、励ましを感じ、制止の眼差しからは、社会のルールを学ぶ感性を子どもたちは持っています。逆に、私たち大人は、子どもの外側ではなく、心に届く眼差しであるかどうかが、問われます。
        
 神様の愛溢れる眼差しと同じように。
                               【2019年11月】
愛を感じ取る力
「子ども」
批判ばかりされた子どもは、非難することをおぼえる
殴られて大きくなった子どもは、力にたよることをおぼえる
笑いものにされた子どもは、ものを言わずにいることをおぼえる
皮肉にさらされた子どもは、 鈍い良心のもちぬしとなる

しかし、激励をうけた子どもは、自信をおぼえる
寛容にであった子どもは、忍耐をおぼえる
賞賛をうけた子どもは、評価することをおぼえる
フェアプレーを経験した子どもは、 公正をおぼえる
友情を知る子どもは、 親切をおぼえる
安心を経験した子どもは、信頼をおぼえる
可愛がられ抱きしめられた子どもは、世界中の愛情を 感じ取ることをおぼえる。
                  『子どもが育つ魔法の言葉』(PHP文庫)より

 世界的に有名な教育者ドロシー・ロー・ノルトの詩です。子育てにおいて、最も大切なものは、愛を感じ取る力です。そして、それは、人間が生きることにおいて、最も大切なものでもあります。

 今年は、アジアで初めてのラグビーワールドカップが日本を舞台に開催されました。鹿島幼稚園のカーニバルも、世界のラガー達と同じくらい元気一杯に身体を動かして、参加する一人一人が、神さまに愛されながら成長できたたことをみんなで一緒に感謝出来ました。実りの秋を迎えて、神様の愛をしっかりと感じ取りながら、「こんなに走れるようになりました」「こんなに跳べるようになりました」と成長を喜ぶ時を過ごせ、感謝です。

                               【2019年10月】
からし種
 まだまだ暑い日が続いていますが、いよいよ2学期が始まりました。子どもたちはどんな夏休みを過ごしてきたのでしょうか?今年も暑い夏でした。キャンプに、プールに、海水浴…この夏休みの間に、子どもたちは、初めての体験や新しい発見をしたことでしょう。いろいろな事を学び、いろいろな人たちと豊かなかかわり合いができたことと思います。それらの体験やかかわり合いは、年齢に応じた子どもたちの成長にたくさんの栄養を与えてくれます。夏休みが終わって再び会った子どもたちの顔にどこか、たくましさを感じるのはそのためだと思います。

 イエスは、神の国を小さな「からし種」に譬えて教えました。からし種は、マスタードの原料です。一粒わずか0・五ミリ程の小さな種なのですが、成長すると、2メートルを越える大きな草丈となる植物です。小さな種が大きな木となるように、イエスがガリラヤという小さな村でまいた神様の恵みの教えは、今や世界中に大きく枝を張るようにして広がりました。

 夏休みの間に、子どもたちの小さなからだと心に詰まった様々な体験も、神様の愛という豊かな栄養をもらって、この秋、大きな枝を張る事でしょう。

 これから、カーニバル、秋の遠足、収穫感謝祭そして、クリスマスなど楽しいプログラムが盛りだくさんです。

 鹿島幼稚園の一人一人が、神様の愛に守られて生きている喜びを充分に満喫する事が出来ればと願っています。暑い夏が終り、徐々に清々しい気候へと移りゆく中、みんな心と体を元気一杯動かして、小さな種がステキな花を咲かせるように、大きく成長していって欲しいと思います。
                               【2019年9月】
シャローム
 敗戦後、七十四年間、日本は戦争を放棄してきました。しかし、戦争をしない事=平和だとは言えないのではないかと思います。8月に投下された核爆弾によって、広島や長崎には、いまだに原爆症に苦しめられている方々が大勢いますし、沖縄では今なお米軍基地に苦しめられている人々が大勢おられます。国際化が進み、複雑に入り組んだ世界の情勢を見ても、日本だけが平和だというようなことなど到底言えないのです。

 戦争で最も大きな被害を被るのは、子どもたちです。なぜなら、戦争は子どもたちの希望を奪い、大きな未来を奪うからです。今なお中東では戦禍が拡大していますし、日本に落とされた原子爆弾は、今や多くの国が保有し、その均衡を保っているというのが現実です。平和を引き継ぐことの困難を思い知らされます。

 平和を表す聖書の言葉は、シャロームです。シャロームはただ「平穏無事」ということだけでなく、健康、長寿、繁栄、時には勝利を意味する言葉でもあります。お互い、調和のある状況を意味していて、「そのものが本来あるべき理想的な状況である」ということを表す言葉です。

 神様が望んでおられるのは、社会の中で最も弱い存在である子どもたちが安心して楽しく過ごせることです。子どもたちの笑顔、笑い声が絶えず、希望を抱き続けることが出来るような平和を80年、90年、100年と引き継いでいきたいと願います。
                               【2019年8月】
嬉しいことも悲しいことも
 先日は、初夏のバザーを楽しく終えることが出来ました。子どもたちと保護者の皆さんの笑顔溢れる素晴らしいバザーでした。ご多忙の中、様々な形でご協力頂き、本当にありがとうございました。

 時々、子どものお弁当を作ることがあって、どんなおかずにするか悩んだりします。園のお母さん方の大変さを実感する瞬間です。特に、この梅雨の時期は、保存性等にも気を遣いますし、大変ですね。栄養バランスも大切ですが、同じように大切なのは、子どもたちが嬉しい気持ちで戴けることです。まずは、子どもたちが大好きな物を中心に、食べ切れる量でOKです。食事は楽しいと感じることが、子どもたちの成長にとって一番大事なのです。

 お昼前に、お弁当が気になって、悲しくなって先生に抱っこしてもらっている子がいました。もう少し経てば、お昼の時間!少し辛抱した後で、美味しくて、楽しい時間をお友達と過ごすことで、また一つ、心も身体も成長します。

 「悩むこと無く、空を飛ぶ鳥を見なさい、野に咲く花を見なさい。」とイエスは教えました。

 理屈をこねながら悩む大人と違い、子どもたちは、与えられた環境の中で、空をかける鳥のように、喜びや悲しみを全身全霊で受けとめて、世界でたった一つのそれぞれの美しい花を咲かせます。

 この世の栄えや理屈に惑わされること無く、一輪の花の美しさを見つめ続けたイエス・キリストと同じ感性を持つ子どもたちのその豊かな感性の成長を大切に見守っていきたいと思います。

                              【2019年7月】
遊びは学び
 私は、いつも小さなシステム手帳をポケットに入れて、園の予定、教会関係、町内のこと、子どもの学校など、大切なことを忘れないよう、それに記すようにしています。

 「うちの子は、園で何をしたか話してくれない。」という声を時折、耳にします。しかし、子どもたちは、いちいちメモをとっているわけでもありませんから、「忘れた」「何もしなかった」と言うのは、仕方ないのかもしれません。

 でも、心配は要りません。何をしたか覚えていないというのは、その子が記憶するのを忘れるくらい「集中して遊んだ」という証拠なのです。

 鹿島幼稚園は「遊ぶこと」を大切にしています。

 子どもは、遊びに夢中になることを通して、その子の内に秘められた、あらゆる能力を自ら引き出していきます。ただし、遊びがそういう力を発揮するためには、子ども自ら、自主的に行われるものでなければなりません。例えば、保育者が全ての遊びを提供し、コントロールするのは、鹿島幼稚園が目指す「遊び」とは異なります。

 「遊ばされる」のではなく、自分で考えて、選んで「遊ぶこと」に意味があるのです。

 自然と遊び、物で遊び、仲間と遊ぶ中で、言葉に出来ない程たくさんの喜びを与えられながら、我慢することや助け合うことも学び、日々、人としてしっかりと、共に生きる力が養われていくのです。
         
                              【2019年6月】
私の愛は生きている
 一九〇八年五月十日、アメリカのヴァージニア州でのこと。アンナ・ジャービスという女性が、教会学校で教えていた亡き母を記念して、追悼会を行いました。ジャービスさんは、母親の大好きだった白いカーネーションを教会中に飾り、帰りには一輪ずつみんなに配ったのです。その後、母の日は、アメリカ全土に広がり、やがて母が健在であれば赤、亡くなっていれば白いカーネーションを胸に飾るようになりました。

 カーネーションは、十字架にかけられたキリストを見送った母マリアが落とした涙の後に生じた花だという言い伝えがあります。白いカーネーションの花言葉は「私の愛は生きている」です。神様の深い愛によって、人間は救われました。

 鹿島幼稚園で過ごす子どもたちは、一人一人が、その神様の愛をいっぱい受けつつ、成長します。家族の愛、そして、神様の愛に包まれて過ごす子どもたちは、やがて、お友達を愛する子どもへと成長することが出来るのです。児童精神科医の佐々木正美先生は、著書『子どもの心の育てかた』(河出書房新社)で、「どうぞ子どもを甘やかすことを決して恐れず厭わず、一生懸命にかわいがって育ててあげてください。いい子にしているときにかわいがるのではなく、どんなときにも愛してあげてください。子どもは愛されることで、いい子になるのです。」と述べておられます。

 母親への深い愛情によって始められた母の日が来る度に、ありがとう、ごめんなさい…、そう素直に言える、心豊かな人間へと成長させるのは、愛であるという事を改めて思わされます。
         
                              【2019年5月】
愛に守られて
 喜びに満ちた桜満開の春を迎えました。ご入園、ご進級を心よりお祝い致します。

 新入園児さんたちは、最初は少し不安があるかもしれません。でも鹿島幼稚園には、頼もしいお兄さん、お姉さんたちがいます。それぞれステップアップした新しい日々に、ワクワクしています。砂場、木のお家、三輪車、ブランコ、サッカー、積み木、お絵描き、お散歩…その他たくさんの遊びを一緒にしながら、豊かな時を過ごせることを楽しみにしています。

 毎年春を迎えると、鹿島幼稚園では、イエス様の復活、イースターをお祝いします。神様はイエス様を通して、その愛を示してくださいました。神様に深く愛されている喜びをたくさん受けとめて、みんなが元気に成長していくことを心から願っています。

 鹿島幼稚園で最もよく読まれる聖書の言葉は、『喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい(ローマの信徒への手紙十二章十五節)』です。キリスト教を世界に広めたパウロという人の言葉です。鹿島幼稚園では、子どもたちが遊びを通して喜びを共有する体験を重ねる中で、共に生きる力を育んでいます。 

 この春、それぞれにステップアップした子どもたちは、これから『喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣ける』人として日々、成長を重ねます。

 鹿島幼稚園は、神の子イエス・キリストの愛に守られています。神様がこよなく愛して下さっている子どもたち一人一人が、神様の愛を豊かに携えて成長し、やがては、その愛を隣人と共に分かち合える人となることを心より祈っています。
         
  (今年度も、このコラムは大塚園長が毎月執筆していきます)
         
                              【2019年4月】

イエスさまとともに生きる〜愛の交わりの中で


愛されるために
 人間は、何のために生まれてきたのでしょうか?

 その答を社会の底辺に追いやられてしまった人々に伝え続けた女性がいます。

 「あなたは、愛されるために生まれたのです。」

  インドのカースト(身分差別)社会の中で「ゴミ」のように見捨てられ、路上であえぐ人々に、こう語り続け、社会の闇に希望の明かりを灯し続けたマザー・テレサです。私は、学生時代に、コルカタを訪れ、マザーの施設、「死を待つ人の家」で奉仕させて頂いた経験があります。その時に私の目を真っ直ぐ見つめて、「倒れているこの人の中に、イエス・キリストはおられるのです。」と語られたマザーの言葉が今も心に焼き付いています。

  「主よ、私が空腹を覚えるとき/パンを分ける相手に出会わせてください。私の十字架が重く感じられるとき/だれかの十字架を背負ってあげられますように。気が滅入るとき/だれかを褒めてあげられますように。/理解してもらいたいとき/理解してあげる相手に出会えますように。」(マザー・テレサの祈り)

  自分より他人のために生きることを神の使命として喜んで受けとめ、溢れる愛情をもって生涯を生き抜いた女性でした。彼女の心にはいつも、一つの確信がありました。
         
  「全ての人は、神に愛されている」ということです。
         
  鹿島幼稚園は、遊びを大切にしています。「遊ばせる」のではなく、自分自身で「遊ぶ」ことができる子に成れるのをサポートします。それは、神に愛されるために生まれてきた一人一人の成長の「邪魔をしない」保育であるともいえます。神は、「ありのまま」のその子を愛しておられるのです。そして「遊べる」は「学べる」に繋がっています。
         
  春を迎えた今、この一年もそれぞれの力でしっかり遊んで、学んだ子ども達は、新しいステージに向け、神に愛される人生を豊かに生き続けていくのです。
         
  (一年間お読み頂き、ありがとうございました。)
                              【2019年3月】
命の輝き
 初代青木園長の頃、鹿島教会が、鹿野靖明さんという筋ジストロフィーを患う方を支援していたことがありました。その方が主人公の映画「こんな夜更けにバナナかよ -愛しき実話―」(USシネマパルナ稲敷他で絶賛上映中)を家族で観ました。命をいかに生き切るかということについて、深く考えさせられた素晴らしい映画でした。主演の大泉洋さん、ヒロインの高畑充希さん、三浦春馬さんと、今をときめく豪華俳優陣が出演する松竹の大作です。

 首と手だけしか動かすことのできない鹿野さんが、夜中に「バナナを食べたい」とボランティアに頼み、ボランティアは、街中、バナナを探して走り回るというシーンが題名となっているのですが、鹿野さん役の大泉さんは、「鹿野さんは、わがままなのではなく、“普通に生きたかっただけ”なんです。」と話しておられます。

 イエス・キリストは、ある障がい者に対して、「神の業がこの人に現れる」と宣言しています。鹿野さんの「普通に生きたい」という「叫び」に呼応し、共に生きたボランティアの人々のことを鹿野さんは「家族」と呼びます。鹿野靖明さんは、体は不自由であったけれども、自由な人生を生抜く為に、最後まで希望を捨てずに、自分らしく生き抜いた方なのだと思います。その自由な精神に、多くのボランティアたちが心を動かされ、共に自由を目指す、五百名を超える「家族」が生まれたのでしょう。鹿野さんと彼をを支える人々の絆には、「普通に生きている」多くの人々の人生には無い「輝き」が在ったのだと思います。

  鹿島幼稚園では、神に愛される子ども同士、障がいの有る子、無い子、国籍や肌の色の違いに関係無く、まさに神の家族として、みんな仲良く遊んでいます。子どもたちの間には、大人たちが持っている障がいや国や民族の違い等に関する余計な情報が有りません。楽しく遊べる子どもたちにとって、それぞれの違いは、純粋に、それぞれの個性として受けとめられているのです。その子どもたちの絆には、大人の社会には無い命の輝きが在ります。  

  互いの違いを個性として受けとめ合い、共に楽しく遊べる子どもたちが、将来、必ず希望の輝きに満ちた社会を作ってくれることを信じています。  
                                       【2019年2月】
キリスト誕生の喜びの中で
 寒い冬を迎えて、今年も、鹿島幼稚園におけるキリスト教保育の集大成とも言える、年長さんによるページェントが上演されました。私にとっては、三度目の鹿島のページェントでしたが、今年も、とても素晴らしかったです。特に今年は、みんなで一緒に歌う時の讃美歌の声が、とてもよくそろって、元気いっぱいでステキでした。一人ではなく、みんなで一緒に力を合わせる力が、大きく育った証しです。

 日本のデパート等では、十二月二十五日が過ぎると大急ぎでお正月へと模様替えが行われますが、キリスト教国である欧米の各国では、必ず年明けの一月六日までクリスマスデコレーションは継続されます。それは、欧米の教会では、一月六日が、あのキリストを拝みにきた東方の博士たちが、幼な子イエスを訪れた日と定められているからです。

 子どもたちが一生懸命演じてくれた、神の子誕生の預言、マリアへの告知、ヨセフとマリアの宿探し、羊飼いたちへの天使のお告げ、そして、最後に登場する東方の博士たちという流れは、キリスト誕生の喜びが世界へ告げられていった期間を示す、大切な順番なのです。

  鹿島幼稚園のクリスマスを始めとして、教会学校や、キャンドルライトクリスマスにも在園、卒園の関係者の皆さんが参加下さり感謝でした。  

  キリスト誕生の喜びの中で、新年を迎えることができました。  

  この一年も、鹿島幼稚園に連なる各ご家庭の上に、神様の祝福とお守りが豊かにありますことを心よりお祈り申し上げます。  
                                       【2019年1月】
うまれてきてくれてありがとう
 『ごんぎつね』や『手袋を買いに』でおなじみの黒井健さんが『うまれてきてくれてありがとう』(文:にしもとよう/絵:黒井健 童心社)という絵本を描いておられます。生まれてくる男の子の赤ちゃんが、母親を探して誕生するまでのお話です。神様からOKをもらい、生れる準備の整った赤ちゃんですが、肝心の母親がどこにいるのかわかりません。出会った動物たちに尋ねてみても、誰も分かりません。苦労の末、ついに、祝福の内に、この世に生を受けるというお話しです。

 「うまれてきてくれて ありがとう」という言葉は、鹿島幼稚園が初代青木園長の頃から大切にしてきたキリスト教保育のキーワードでもあります。

 イエス・キリストは、黄金に輝く宮殿のフカフカのベビーベッドではなく、なんと馬小屋の飼い葉桶、えさ箱に誕生しました。神の子が、苦しみの世に、苦しむ民の只中に誕生して下さった、その事こそが最大の喜びであったのです。

  神様の前に立てば、優れた人間も、劣った人間もありません。「優れている」のでは無く、「特別」なのです。いろいろと苦労の多いこの世の中に、この私のもとに生まれてくれた、それだけであなたは偉いんだ、特別なんだ…うまれてきてくれて、ありがとう…それぞれのご家庭で、それぞれの「うまれてきてくれてありがとう」という喜びの出来事を経て、ご家族から愛され、神様の愛によって建てられた鹿島幼稚園で、元気いっぱいに成長した子どもたちの笑顔が、今年も、「イエスさま、うまれてきてくれてありがとう」という喜びのメッセージを伝えてくれます。  
                                       【2018年12月】
刈り入れ
 実りの秋が深まり、刈り入れの季節となりました。

 恵み豊かなこの季節、鹿島幼稚園でも色々なプログラムが守られています。カーニバルも、無事終わりました。お友達のために楽しそうに応援している姿に、鹿島幼稚園らしい喜びが表れていましたし、プログラムに集中する一人一人の真剣な表情に、それぞれの成長が示されていました。秋のハッピーバザーも、盛会となりました。父母の会をはじめ、お手伝い頂いた皆様に感謝します。その他にも、お芋掘り、遠足と、実りの秋にふさわしく楽しいプログラムが目白押しです。そして、「大きくなったことを喜ぶ礼拝」では、みんなの成長を共に喜び、感謝します。

 イエス・キリストは、しばしば恵み豊かな自然をたとえに用いて教えておられます。例えば、「空の鳥を見なさい…あなた方は鳥よりも価値あるものなのだ」という言葉が有ります。刈り入れもしない鳥より人間が優れている点があるとすれば、それは本能によって食物を集め食べるだけの鳥と違い、人間はそれを与えて下さった神に感謝することの出来る心を授かっている点なのだとイエスは教えているのです。

  豊かな刈り入れの季節は、子どもたちに「感謝できることの喜び」を教えてくれる大切な季節なのです。  
                                       【2018年11月】
共に愛され共に成長する
 今年もまた、カーニバルで体を動かす、楽しそうな子どもたちの声が園庭に響く季節がやってきました。

 鹿島幼稚園では、一般的な運動会という言葉は使わず、「カーニバル」と呼んでいます。それは、能力や順位を競うのではなく、みんなでカーニバル、お祭りのように、一緒に楽しむことが目的だからです。そんなカーニバルでは、みんなで一緒に身体を動かし、心を豊かにされ、それぞれが楽しみながら成長できるのです。

 今年のカーニバルは、「クレヨンたちあつまれ 〜♪はしろう!おどろう!わらおう!〜にじろカーニバル〜」というテーマでプログラムが展開されました。鹿島幼稚園では、カーニバルの時期だけではなく、通常の保育の中でも、幼児体育の講師を招き、子どもたちに体育遊びの楽しさを伝えて頂いています。鹿島幼稚園は、一人一人が、のびのびと育つことを大切にする保育を行っていますが、こうした体育遊びのプログラムを通して、「自分だけ」ではなく、「みんなで」育つ喜びも体験してもらいたいと考えています。カーニバルで、毎年ステキだなと思うのは、お友達を一生懸命応援している子どもたちの姿です。今年も、練習の時からみんな「〜ちゃん、がんばれ」「〜君、がんばれ」と声を合わせて応援していました。

  みんなで一緒にできることを喜び、そして、神さまに愛されていることをみんなで一緒に感謝しながら、共に成長していきたいと思います。  
                                       【2018年10月】
依り頼む
 8月に予定通り、園舎のアフゼリア製ウッドデッキ設置、第二駐車場拡張工事等が行われ、子どもたちがより一層安全、快適に過ごせる環境が整いました。工事中は、保護者の皆様には何かとご不便をおかけしましたが、ご理解、ご協力を戴き、感謝します。

 二学期が始まりました。今年の夏休みも大変暑い日が続きましたが、皆さん、楽しく過ごされましたか?これから、カーニバル、秋の遠足、収穫感謝、そしてクリスマス等、楽しいプログラムが盛りだくさんです。皆で楽しく実りの秋を満喫して、神さまに見守られながら、共に成長していきたいと願っています。

 佐々木正美さんが『子どもの心を育てる本』の中で、「社会的な自立」ということについて指摘しておられます。それによると、幼児期に大人からあれこれしなさいと言われて育った子どもは小学生になって、社会的な自立が遅いのだそうです。自分でやりなさいと割合早い時期からあれこれ指導されて、色々なことが早くから自分で出来るということは、自立出来るということには繋がらないのです。例えば、スプーンを上手に使うだとか、持ち物を椅子にかけるといったようなことは、単なる「行為の獲得」に過ぎないのであって、「人格形成」という意味での自立ではないのです。社会的な人格形成には、「出来ない自分」をしっかり経験することが大切なのです。出来ないことで、周りに「依存」します。お母さんを始め、周囲の誰かがそれに応えてあげることで、「信頼」が生まれ、それが、社会で生きる自信となり自立へと繋がっていくのです。

  時々、「うちの子はこんなことがまだできない」と心配されている保護者の声を耳にします。でも、心配無いのです。「出来ない」、その時こそが宝なのです。そこにこそ「出来る」芽が芽吹いているのです。  

 聖書には、神さまに頼り切って生きることこそ、人間がしっかり自立して歩むための基本であることが書かれています。キリスト教保育は、「頼ること」で「信頼」という喜びを得ながら社会的に自立した人と成ることを目指しています。出来ない子を注意して、無理矢理出来るようにさせるのではなく、出来ない辛さを受けとめ、共感し、ありのままのその子を愛すること、それがその子の成長への確かな第一歩と成るのです。

                                       【2018年9月】
希望
 子どもの心の中には、「希望」がいっぱいつまっています。

 これからの日本の教育には、その希望をいかに育てていくかが問われています。かつて、日本の教育のキーワードは「優等生」でした。「親や教師の言うことをよくきく」良い子を育てること、育つことが目標でした。しかしその「優等生」たちが、まさかという凶悪事件を起こしてしまう事態が相次ぎ、日本の教育は、大きな転換を迫られることになりました。

 テレビでもお馴染みの井桁容子先生(東京家政大学)が研修会の中で、これからの日本の教育はコンテンツ・ベイス(何をどれだけ知っているか)ではなく、コンピテンシー・ベイス(どのような問題解決を成し遂げるか)ですという指摘をされていました。

  鹿島幼稚園では、いろんな子どもたちが園長のことをかまってくれるので、嬉しい日々を過ごしていますが、ときどき、タックルとかで強めのかまい方をしてくれる子がいます。そんな時は、その子と目線の高さを合わせて話しかけると嬉しそうに、にっこり笑ってくれます。     

 鹿島幼稚園の保育が目指しているのは「優等生」を育てることではありません。「人間」に評価される優等生ではなく、あなたは「神様」に愛されているかけがえのないひとりなのだということを心の底から嬉しく感じて、どんなときにも希望を失わずに生きる子どもとなれることを目指しているのです。

 優等生という「レッテル」を目指して「知識の詰め込み」に追われ個性をはぎ取られていく時代の中で、鹿島幼稚園の子どもたちは、神様に守られながら、毎日嬉しい気持ちで過ごしています。

 そんな鹿島幼稚園の子どもたちは、わたしにとってもかけがえのない希望なのです。

                                       【2018年8月】
言(ことば)によって成った
 園では、保護者の皆様への連絡に「一斉メールサービス」を活用していて、先日の台風接近の際にも、迅速に連絡することが出来ました。メール、ライン、ツイッターと、時代は、SNSの利便性が活かされる高度情報社会となっています。しかし、そういった便利なものは、慎重に扱わねばならないという面もあります。

 尾木ママこと 尾木直樹さんは、著書『「ケータイ・ネット時代」の子育て論』(新日本出版社)の中で、「インターネットやケータイを悪用した学校における「いじめ」や「学校裏サイト」、「チェーンメール」「前略プロフィール(プロフ)」による嫌がらせ、友達間のトラブルが日増しに増えています。これらネットトラブルは子どもたちの友達関係を壊すだけでなく、人間への不信感を植え付け相手を傷つける事件や事故に発展しかねないほど危険に満ちています。」と述べておられます。

 本来、微妙なニュアンスが難しい日本語なのに、相手の顔が見えないメールで、言葉だけが独り歩きしてしまい、無用なトラブルに見舞われかねないというのは、子どもの世界だけの話ではなくなっています。本来、コミュニケーションというのは、相手の表情を見ながら、あるいは、生の声を聴きながらなされるべきなのでしょう。子どもたちも、そのようにして、他者との関わりを深めながら成長すべきなのです。尾木ママは、幼児期に「しりとり」遊びをたくさんすると語彙力が向上し、将来の思考力、判断力、表現力に繋がり、大学受験にも成功し易くなるとも話しておられました。

 聖書には、「万物はことばによって成った。」と記されています。イエス様の愛の教えも、神の子の語彙力によって、豊かな言葉を通して伝えられました。

 今後も、日々、愛情豊かな言葉を交わし合いながら、すばらしい人間性を育むキリスト教保育を続けていきたいと願っています。

                                       【2018年7月】
心の架け橋
 絵本出版社の代表的な老舗、こぐま社の前社長吉井康文さんが、講演会の中で、「子どもは、文字ではなく絵を読んでいる。」と話されたのを聴いたことがあります。示唆に富む、印象的な一言として、私の心に残っています。その時、吉井さんは、「子どもたちは、絵本の世界と現実の世界とを自由に往き来する」と言うことも指摘しておられました。

 大人は、「文字」に裏付けられた「現実」を追い求め、子どもは「絵」によって表現された「ファンタジーの世界」を思い描くのです。子どもたちにとって、絵本の表紙は、ファンタジーの世界への入り口なのです。次に、見返し、扉、ストーリーとファンタジーは繰り広げられ、裏表紙と進んで、最後は、再び表紙を見せてあげて「おしまい、またね」と終わることで、現実の世界へと再び帰ってくるのです。

 絵本には、心を豊かに育てる不思議な力が有ります。子どもは、そのファンタジーの世界を深められ、自らの可能性を伸ばしてゆく、そして、大人にも見失いかけていた夢見る心を思い出させてくれるのです。鹿島幼稚園のみんなも、絵本が大好きです。お家でもぜひ、静かに絵本を読んであげる時間をつくって、親子で豊かな心の触れ合う時を過ごして頂ければと願います。

 先日も、真剣なまなざしで園庭の虫を探している、お友達同士の何気なくも微笑ましい様子を見て、絵本が一冊出来そうな光景だなあと感じました。そんな子どもたちを守る神様の愛を伝えたイエス様は、人と人との間に立って、心と心をつなぐ架け橋となられた方でした。そう、まるで絵本のように…。

                                       【2018年6月】
恵みの63年
 鹿嶋市で最初に生まれた鹿島幼稚園は、今年で創立六十三年目を迎えました。記録を見ると、第一期在園生は六十名とのことでした。場所は、鹿島神宮のそばの春日医院跡地で、現在は常陽銀行鹿島支店が建っている場所です。今迄歩んで来たその年月を振り返る時、それを一言で言い表すとすれば、恵みの六十三年でした。ベビーブームの中、二五〇名を優に超える時期あり、また、少子化の波の中、大変な時期もありましたが、初代青木園長、二代目久保田園長を始め鹿島教会員一同、そして、園スタッフと保護者の皆様の愛情あふれる熱意により守られ、教会附属園から、学校法人幼稚園、そして、認定こども園へと変化しつつ、現在も安定した保育が続けられています。

 神様が、どんな時においても、鹿島幼稚園を守り続けてくださっていることを改めて感謝しています。

 とある晴れた日の朝、玄関の靴箱付近で、こんな微笑ましい光景に出会いました。 年上の「お姉さん」が、年下の女の子の手を引いて、靴の履き替えを手伝っていたのです。お姉さんとはいえ、小さな手が、更に小さな手を、しかし、しっかりと支えながら、まるで、お皿に入れたスープをこぼさないようにするかのように慎重に、自分より小さい子に合わせていっしょに歩いている様子を観て、思わず心が温かくなりました。

 鹿島幼稚園で過ごす中で、神様に愛され、その小さな心に、隣り人を愛する心が芽生え、ゆっくり、しっかり、愛情豊かな人となるための根っこが育まれていることを感じました。

  創立以来、月日は流れても、当時と変わらぬ神様の豊かな愛に守られていることに感謝しつつ、これからも子どもたちの優しい愛に満ちた心を見守り、さらに育むべく、小さな命と共に歩み続けていきたいと願っています。

                                       【2018年5月】
喜びの春
 ご入園、ご進級を心よりお祝い致します。
鹿島幼稚園は、また今年も、お祝いの春を迎えました。

 ところで教会のお祝いといえば、クリスマスが有名ですが、実は、教会で一番大切なお祝いは、イエス様が復活なさったことをお祝いするイースターです。鹿島幼稚園では、毎週、チャペルで礼拝を守ります。もちろん、信仰を強要するのではなく、子どもたちの素直な心で、神様の愛を感じて、人への愛情も豊かに育んで欲しいと願っての大切な時間です。

 スタッフたちも、新年度に向けて、子どもたちの元気なお顔を見られる日を楽しみに待ちながら、一生懸命準備をしました。そして、4月1日のイースターの朝を経て、鹿島幼稚園の新年度が始まりました。

 喜びに満ちた桜満開の春です。鹿島幼稚園の主役は、子どもたちです。子どもたちの喜びのために、スタッフ一同、保護者の皆様、そして鹿島教会員が力を合わせて歩みます。その歩みの真ん中に、イエス様がおられます。神さまは、イエス様を通してその愛を示して下さいました。神さまに深く愛されている喜びをたくさん受けとめて、子どもたちが元気に成長していくことを心から願っています。
(このコラムは大塚園長が毎月執筆していきます)

                                       【2018年4月】