本文へスキップ

キリスト教保育 共に生きる保育 自由保育                                                  スマートフォン版

電話でのお問い合わせはTEL.0299-82-1907

〒314-0031 茨城県鹿嶋市宮中7丁目10-7

園長コラムcolumn

ことばに満たされて 〜ひびきあう〜


シャローム
 敗戦後、七十四年間、日本は戦争を放棄してきました。しかし、戦争をしない事=平和だとは言えないのではないかと思います。8月に投下された核爆弾によって、広島や長崎には、いまだに原爆症に苦しめられている方々が大勢いますし、沖縄では今なお米軍基地に苦しめられている人々が大勢おられます。国際化が進み、複雑に入り組んだ世界の情勢を見ても、日本だけが平和だというようなことなど到底言えないのです。

 戦争で最も大きな被害を被るのは、子どもたちです。なぜなら、戦争は子どもたちの希望を奪い、大きな未来を奪うからです。今なお中東では戦禍が拡大していますし、日本に落とされた原子爆弾は、今や多くの国が保有し、その均衡を保っているというのが現実です。平和を引き継ぐことの困難を思い知らされます。

 平和を表す聖書の言葉は、シャロームです。シャロームはただ「平穏無事」ということだけでなく、健康、長寿、繁栄、時には勝利を意味する言葉でもあります。お互い、調和のある状況を意味していて、「そのものが本来あるべき理想的な状況である」ということを表す言葉です。

 神様が望んでおられるのは、社会の中で最も弱い存在である子どもたちが安心して楽しく過ごせることです。子どもたちの笑顔、笑い声が絶えず、希望を抱き続けることが出来るような平和を80年、90年、100年と引き継いでいきたいと願います。
                               【2019年8月】
嬉しいことも悲しいことも
 先日は、初夏のバザーを楽しく終えることが出来ました。子どもたちと保護者の皆さんの笑顔溢れる素晴らしいバザーでした。ご多忙の中、様々な形でご協力頂き、本当にありがとうございました。

 時々、子どものお弁当を作ることがあって、どんなおかずにするか悩んだりします。園のお母さん方の大変さを実感する瞬間です。特に、この梅雨の時期は、保存性等にも気を遣いますし、大変ですね。栄養バランスも大切ですが、同じように大切なのは、子どもたちが嬉しい気持ちで戴けることです。まずは、子どもたちが大好きな物を中心に、食べ切れる量でOKです。食事は楽しいと感じることが、子どもたちの成長にとって一番大事なのです。

 お昼前に、お弁当が気になって、悲しくなって先生に抱っこしてもらっている子がいました。もう少し経てば、お昼の時間!少し辛抱した後で、美味しくて、楽しい時間をお友達と過ごすことで、また一つ、心も身体も成長します。

 「悩むこと無く、空を飛ぶ鳥を見なさい、野に咲く花を見なさい。」とイエスは教えました。

 理屈をこねながら悩む大人と違い、子どもたちは、与えられた環境の中で、空をかける鳥のように、喜びや悲しみを全身全霊で受けとめて、世界でたった一つのそれぞれの美しい花を咲かせます。

 この世の栄えや理屈に惑わされること無く、一輪の花の美しさを見つめ続けたイエス・キリストと同じ感性を持つ子どもたちのその豊かな感性の成長を大切に見守っていきたいと思います。

                              【2019年7月】
遊びは学び
 私は、いつも小さなシステム手帳をポケットに入れて、園の予定、教会関係、町内のこと、子どもの学校など、大切なことを忘れないよう、それに記すようにしています。

 「うちの子は、園で何をしたか話してくれない。」という声を時折、耳にします。しかし、子どもたちは、いちいちメモをとっているわけでもありませんから、「忘れた」「何もしなかった」と言うのは、仕方ないのかもしれません。

 でも、心配は要りません。何をしたか覚えていないというのは、その子が記憶するのを忘れるくらい「集中して遊んだ」という証拠なのです。

 鹿島幼稚園は「遊ぶこと」を大切にしています。

 子どもは、遊びに夢中になることを通して、その子の内に秘められた、あらゆる能力を自ら引き出していきます。ただし、遊びがそういう力を発揮するためには、子ども自ら、自主的に行われるものでなければなりません。例えば、保育者が全ての遊びを提供し、コントロールするのは、鹿島幼稚園が目指す「遊び」とは異なります。

 「遊ばされる」のではなく、自分で考えて、選んで「遊ぶこと」に意味があるのです。

 自然と遊び、物で遊び、仲間と遊ぶ中で、言葉に出来ない程たくさんの喜びを与えられながら、我慢することや助け合うことも学び、日々、人としてしっかりと、共に生きる力が養われていくのです。
         
                              【2019年6月】
私の愛は生きている
 一九〇八年五月十日、アメリカのヴァージニア州でのこと。アンナ・ジャービスという女性が、教会学校で教えていた亡き母を記念して、追悼会を行いました。ジャービスさんは、母親の大好きだった白いカーネーションを教会中に飾り、帰りには一輪ずつみんなに配ったのです。その後、母の日は、アメリカ全土に広がり、やがて母が健在であれば赤、亡くなっていれば白いカーネーションを胸に飾るようになりました。

 カーネーションは、十字架にかけられたキリストを見送った母マリアが落とした涙の後に生じた花だという言い伝えがあります。白いカーネーションの花言葉は「私の愛は生きている」です。神様の深い愛によって、人間は救われました。

 鹿島幼稚園で過ごす子どもたちは、一人一人が、その神様の愛をいっぱい受けつつ、成長します。家族の愛、そして、神様の愛に包まれて過ごす子どもたちは、やがて、お友達を愛する子どもへと成長することが出来るのです。児童精神科医の佐々木正美先生は、著書『子どもの心の育てかた』(河出書房新社)で、「どうぞ子どもを甘やかすことを決して恐れず厭わず、一生懸命にかわいがって育ててあげてください。いい子にしているときにかわいがるのではなく、どんなときにも愛してあげてください。子どもは愛されることで、いい子になるのです。」と述べておられます。

 母親への深い愛情によって始められた母の日が来る度に、ありがとう、ごめんなさい…、そう素直に言える、心豊かな人間へと成長させるのは、愛であるという事を改めて思わされます。
         
                              【2019年5月】
愛に守られて
 喜びに満ちた桜満開の春を迎えました。ご入園、ご進級を心よりお祝い致します。

 新入園児さんたちは、最初は少し不安があるかもしれません。でも鹿島幼稚園には、頼もしいお兄さん、お姉さんたちがいます。それぞれステップアップした新しい日々に、ワクワクしています。砂場、木のお家、三輪車、ブランコ、サッカー、積み木、お絵描き、お散歩…その他たくさんの遊びを一緒にしながら、豊かな時を過ごせることを楽しみにしています。

 毎年春を迎えると、鹿島幼稚園では、イエス様の復活、イースターをお祝いします。神様はイエス様を通して、その愛を示してくださいました。神様に深く愛されている喜びをたくさん受けとめて、みんなが元気に成長していくことを心から願っています。

 鹿島幼稚園で最もよく読まれる聖書の言葉は、『喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい(ローマの信徒への手紙十二章十五節)』です。キリスト教を世界に広めたパウロという人の言葉です。鹿島幼稚園では、子どもたちが遊びを通して喜びを共有する体験を重ねる中で、共に生きる力を育んでいます。 

 この春、それぞれにステップアップした子どもたちは、これから『喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣ける』人として日々、成長を重ねます。

 鹿島幼稚園は、神の子イエス・キリストの愛に守られています。神様がこよなく愛して下さっている子どもたち一人一人が、神様の愛を豊かに携えて成長し、やがては、その愛を隣人と共に分かち合える人となることを心より祈っています。
         
  (今年度も、このコラムは大塚園長が毎月執筆していきます)
         
                              【2019年4月】

イエスさまとともに生きる〜愛の交わりの中で


愛されるために
 人間は、何のために生まれてきたのでしょうか?

 その答を社会の底辺に追いやられてしまった人々に伝え続けた女性がいます。

 「あなたは、愛されるために生まれたのです。」

  インドのカースト(身分差別)社会の中で「ゴミ」のように見捨てられ、路上であえぐ人々に、こう語り続け、社会の闇に希望の明かりを灯し続けたマザー・テレサです。私は、学生時代に、コルカタを訪れ、マザーの施設、「死を待つ人の家」で奉仕させて頂いた経験があります。その時に私の目を真っ直ぐ見つめて、「倒れているこの人の中に、イエス・キリストはおられるのです。」と語られたマザーの言葉が今も心に焼き付いています。

  「主よ、私が空腹を覚えるとき/パンを分ける相手に出会わせてください。私の十字架が重く感じられるとき/だれかの十字架を背負ってあげられますように。気が滅入るとき/だれかを褒めてあげられますように。/理解してもらいたいとき/理解してあげる相手に出会えますように。」(マザー・テレサの祈り)

  自分より他人のために生きることを神の使命として喜んで受けとめ、溢れる愛情をもって生涯を生き抜いた女性でした。彼女の心にはいつも、一つの確信がありました。
         
  「全ての人は、神に愛されている」ということです。
         
  鹿島幼稚園は、遊びを大切にしています。「遊ばせる」のではなく、自分自身で「遊ぶ」ことができる子に成れるのをサポートします。それは、神に愛されるために生まれてきた一人一人の成長の「邪魔をしない」保育であるともいえます。神は、「ありのまま」のその子を愛しておられるのです。そして「遊べる」は「学べる」に繋がっています。
         
  春を迎えた今、この一年もそれぞれの力でしっかり遊んで、学んだ子ども達は、新しいステージに向け、神に愛される人生を豊かに生き続けていくのです。
         
  (一年間お読み頂き、ありがとうございました。)
                              【2019年3月】
命の輝き
 初代青木園長の頃、鹿島教会が、鹿野靖明さんという筋ジストロフィーを患う方を支援していたことがありました。その方が主人公の映画「こんな夜更けにバナナかよ -愛しき実話―」(USシネマパルナ稲敷他で絶賛上映中)を家族で観ました。命をいかに生き切るかということについて、深く考えさせられた素晴らしい映画でした。主演の大泉洋さん、ヒロインの高畑充希さん、三浦春馬さんと、今をときめく豪華俳優陣が出演する松竹の大作です。

 首と手だけしか動かすことのできない鹿野さんが、夜中に「バナナを食べたい」とボランティアに頼み、ボランティアは、街中、バナナを探して走り回るというシーンが題名となっているのですが、鹿野さん役の大泉さんは、「鹿野さんは、わがままなのではなく、“普通に生きたかっただけ”なんです。」と話しておられます。

 イエス・キリストは、ある障がい者に対して、「神の業がこの人に現れる」と宣言しています。鹿野さんの「普通に生きたい」という「叫び」に呼応し、共に生きたボランティアの人々のことを鹿野さんは「家族」と呼びます。鹿野靖明さんは、体は不自由であったけれども、自由な人生を生抜く為に、最後まで希望を捨てずに、自分らしく生き抜いた方なのだと思います。その自由な精神に、多くのボランティアたちが心を動かされ、共に自由を目指す、五百名を超える「家族」が生まれたのでしょう。鹿野さんと彼をを支える人々の絆には、「普通に生きている」多くの人々の人生には無い「輝き」が在ったのだと思います。

  鹿島幼稚園では、神に愛される子ども同士、障がいの有る子、無い子、国籍や肌の色の違いに関係無く、まさに神の家族として、みんな仲良く遊んでいます。子どもたちの間には、大人たちが持っている障がいや国や民族の違い等に関する余計な情報が有りません。楽しく遊べる子どもたちにとって、それぞれの違いは、純粋に、それぞれの個性として受けとめられているのです。その子どもたちの絆には、大人の社会には無い命の輝きが在ります。  

  互いの違いを個性として受けとめ合い、共に楽しく遊べる子どもたちが、将来、必ず希望の輝きに満ちた社会を作ってくれることを信じています。  
                                       【2019年2月】
キリスト誕生の喜びの中で
 寒い冬を迎えて、今年も、鹿島幼稚園におけるキリスト教保育の集大成とも言える、年長さんによるページェントが上演されました。私にとっては、三度目の鹿島のページェントでしたが、今年も、とても素晴らしかったです。特に今年は、みんなで一緒に歌う時の讃美歌の声が、とてもよくそろって、元気いっぱいでステキでした。一人ではなく、みんなで一緒に力を合わせる力が、大きく育った証しです。

 日本のデパート等では、十二月二十五日が過ぎると大急ぎでお正月へと模様替えが行われますが、キリスト教国である欧米の各国では、必ず年明けの一月六日までクリスマスデコレーションは継続されます。それは、欧米の教会では、一月六日が、あのキリストを拝みにきた東方の博士たちが、幼な子イエスを訪れた日と定められているからです。

 子どもたちが一生懸命演じてくれた、神の子誕生の預言、マリアへの告知、ヨセフとマリアの宿探し、羊飼いたちへの天使のお告げ、そして、最後に登場する東方の博士たちという流れは、キリスト誕生の喜びが世界へ告げられていった期間を示す、大切な順番なのです。

  鹿島幼稚園のクリスマスを始めとして、教会学校や、キャンドルライトクリスマスにも在園、卒園の関係者の皆さんが参加下さり感謝でした。  

  キリスト誕生の喜びの中で、新年を迎えることができました。  

  この一年も、鹿島幼稚園に連なる各ご家庭の上に、神様の祝福とお守りが豊かにありますことを心よりお祈り申し上げます。  
                                       【2019年1月】
うまれてきてくれてありがとう
 『ごんぎつね』や『手袋を買いに』でおなじみの黒井健さんが『うまれてきてくれてありがとう』(文:にしもとよう/絵:黒井健 童心社)という絵本を描いておられます。生まれてくる男の子の赤ちゃんが、母親を探して誕生するまでのお話です。神様からOKをもらい、生れる準備の整った赤ちゃんですが、肝心の母親がどこにいるのかわかりません。出会った動物たちに尋ねてみても、誰も分かりません。苦労の末、ついに、祝福の内に、この世に生を受けるというお話しです。

 「うまれてきてくれて ありがとう」という言葉は、鹿島幼稚園が初代青木園長の頃から大切にしてきたキリスト教保育のキーワードでもあります。

 イエス・キリストは、黄金に輝く宮殿のフカフカのベビーベッドではなく、なんと馬小屋の飼い葉桶、えさ箱に誕生しました。神の子が、苦しみの世に、苦しむ民の只中に誕生して下さった、その事こそが最大の喜びであったのです。

  神様の前に立てば、優れた人間も、劣った人間もありません。「優れている」のでは無く、「特別」なのです。いろいろと苦労の多いこの世の中に、この私のもとに生まれてくれた、それだけであなたは偉いんだ、特別なんだ…うまれてきてくれて、ありがとう…それぞれのご家庭で、それぞれの「うまれてきてくれてありがとう」という喜びの出来事を経て、ご家族から愛され、神様の愛によって建てられた鹿島幼稚園で、元気いっぱいに成長した子どもたちの笑顔が、今年も、「イエスさま、うまれてきてくれてありがとう」という喜びのメッセージを伝えてくれます。  
                                       【2018年12月】
刈り入れ
 実りの秋が深まり、刈り入れの季節となりました。

 恵み豊かなこの季節、鹿島幼稚園でも色々なプログラムが守られています。カーニバルも、無事終わりました。お友達のために楽しそうに応援している姿に、鹿島幼稚園らしい喜びが表れていましたし、プログラムに集中する一人一人の真剣な表情に、それぞれの成長が示されていました。秋のハッピーバザーも、盛会となりました。父母の会をはじめ、お手伝い頂いた皆様に感謝します。その他にも、お芋掘り、遠足と、実りの秋にふさわしく楽しいプログラムが目白押しです。そして、「大きくなったことを喜ぶ礼拝」では、みんなの成長を共に喜び、感謝します。

 イエス・キリストは、しばしば恵み豊かな自然をたとえに用いて教えておられます。例えば、「空の鳥を見なさい…あなた方は鳥よりも価値あるものなのだ」という言葉が有ります。刈り入れもしない鳥より人間が優れている点があるとすれば、それは本能によって食物を集め食べるだけの鳥と違い、人間はそれを与えて下さった神に感謝することの出来る心を授かっている点なのだとイエスは教えているのです。

  豊かな刈り入れの季節は、子どもたちに「感謝できることの喜び」を教えてくれる大切な季節なのです。  
                                       【2018年11月】
共に愛され共に成長する
 今年もまた、カーニバルで体を動かす、楽しそうな子どもたちの声が園庭に響く季節がやってきました。

 鹿島幼稚園では、一般的な運動会という言葉は使わず、「カーニバル」と呼んでいます。それは、能力や順位を競うのではなく、みんなでカーニバル、お祭りのように、一緒に楽しむことが目的だからです。そんなカーニバルでは、みんなで一緒に身体を動かし、心を豊かにされ、それぞれが楽しみながら成長できるのです。

 今年のカーニバルは、「クレヨンたちあつまれ 〜♪はしろう!おどろう!わらおう!〜にじろカーニバル〜」というテーマでプログラムが展開されました。鹿島幼稚園では、カーニバルの時期だけではなく、通常の保育の中でも、幼児体育の講師を招き、子どもたちに体育遊びの楽しさを伝えて頂いています。鹿島幼稚園は、一人一人が、のびのびと育つことを大切にする保育を行っていますが、こうした体育遊びのプログラムを通して、「自分だけ」ではなく、「みんなで」育つ喜びも体験してもらいたいと考えています。カーニバルで、毎年ステキだなと思うのは、お友達を一生懸命応援している子どもたちの姿です。今年も、練習の時からみんな「〜ちゃん、がんばれ」「〜君、がんばれ」と声を合わせて応援していました。

  みんなで一緒にできることを喜び、そして、神さまに愛されていることをみんなで一緒に感謝しながら、共に成長していきたいと思います。  
                                       【2018年10月】
依り頼む
 8月に予定通り、園舎のアフゼリア製ウッドデッキ設置、第二駐車場拡張工事等が行われ、子どもたちがより一層安全、快適に過ごせる環境が整いました。工事中は、保護者の皆様には何かとご不便をおかけしましたが、ご理解、ご協力を戴き、感謝します。

 二学期が始まりました。今年の夏休みも大変暑い日が続きましたが、皆さん、楽しく過ごされましたか?これから、カーニバル、秋の遠足、収穫感謝、そしてクリスマス等、楽しいプログラムが盛りだくさんです。皆で楽しく実りの秋を満喫して、神さまに見守られながら、共に成長していきたいと願っています。

 佐々木正美さんが『子どもの心を育てる本』の中で、「社会的な自立」ということについて指摘しておられます。それによると、幼児期に大人からあれこれしなさいと言われて育った子どもは小学生になって、社会的な自立が遅いのだそうです。自分でやりなさいと割合早い時期からあれこれ指導されて、色々なことが早くから自分で出来るということは、自立出来るということには繋がらないのです。例えば、スプーンを上手に使うだとか、持ち物を椅子にかけるといったようなことは、単なる「行為の獲得」に過ぎないのであって、「人格形成」という意味での自立ではないのです。社会的な人格形成には、「出来ない自分」をしっかり経験することが大切なのです。出来ないことで、周りに「依存」します。お母さんを始め、周囲の誰かがそれに応えてあげることで、「信頼」が生まれ、それが、社会で生きる自信となり自立へと繋がっていくのです。

  時々、「うちの子はこんなことがまだできない」と心配されている保護者の声を耳にします。でも、心配無いのです。「出来ない」、その時こそが宝なのです。そこにこそ「出来る」芽が芽吹いているのです。  

 聖書には、神さまに頼り切って生きることこそ、人間がしっかり自立して歩むための基本であることが書かれています。キリスト教保育は、「頼ること」で「信頼」という喜びを得ながら社会的に自立した人と成ることを目指しています。出来ない子を注意して、無理矢理出来るようにさせるのではなく、出来ない辛さを受けとめ、共感し、ありのままのその子を愛すること、それがその子の成長への確かな第一歩と成るのです。

                                       【2018年9月】
希望
 子どもの心の中には、「希望」がいっぱいつまっています。

 これからの日本の教育には、その希望をいかに育てていくかが問われています。かつて、日本の教育のキーワードは「優等生」でした。「親や教師の言うことをよくきく」良い子を育てること、育つことが目標でした。しかしその「優等生」たちが、まさかという凶悪事件を起こしてしまう事態が相次ぎ、日本の教育は、大きな転換を迫られることになりました。

 テレビでもお馴染みの井桁容子先生(東京家政大学)が研修会の中で、これからの日本の教育はコンテンツ・ベイス(何をどれだけ知っているか)ではなく、コンピテンシー・ベイス(どのような問題解決を成し遂げるか)ですという指摘をされていました。

  鹿島幼稚園では、いろんな子どもたちが園長のことをかまってくれるので、嬉しい日々を過ごしていますが、ときどき、タックルとかで強めのかまい方をしてくれる子がいます。そんな時は、その子と目線の高さを合わせて話しかけると嬉しそうに、にっこり笑ってくれます。     

 鹿島幼稚園の保育が目指しているのは「優等生」を育てることではありません。「人間」に評価される優等生ではなく、あなたは「神様」に愛されているかけがえのないひとりなのだということを心の底から嬉しく感じて、どんなときにも希望を失わずに生きる子どもとなれることを目指しているのです。

 優等生という「レッテル」を目指して「知識の詰め込み」に追われ個性をはぎ取られていく時代の中で、鹿島幼稚園の子どもたちは、神様に守られながら、毎日嬉しい気持ちで過ごしています。

 そんな鹿島幼稚園の子どもたちは、わたしにとってもかけがえのない希望なのです。

                                       【2018年8月】
言(ことば)によって成った
 園では、保護者の皆様への連絡に「一斉メールサービス」を活用していて、先日の台風接近の際にも、迅速に連絡することが出来ました。メール、ライン、ツイッターと、時代は、SNSの利便性が活かされる高度情報社会となっています。しかし、そういった便利なものは、慎重に扱わねばならないという面もあります。

 尾木ママこと 尾木直樹さんは、著書『「ケータイ・ネット時代」の子育て論』(新日本出版社)の中で、「インターネットやケータイを悪用した学校における「いじめ」や「学校裏サイト」、「チェーンメール」「前略プロフィール(プロフ)」による嫌がらせ、友達間のトラブルが日増しに増えています。これらネットトラブルは子どもたちの友達関係を壊すだけでなく、人間への不信感を植え付け相手を傷つける事件や事故に発展しかねないほど危険に満ちています。」と述べておられます。

 本来、微妙なニュアンスが難しい日本語なのに、相手の顔が見えないメールで、言葉だけが独り歩きしてしまい、無用なトラブルに見舞われかねないというのは、子どもの世界だけの話ではなくなっています。本来、コミュニケーションというのは、相手の表情を見ながら、あるいは、生の声を聴きながらなされるべきなのでしょう。子どもたちも、そのようにして、他者との関わりを深めながら成長すべきなのです。尾木ママは、幼児期に「しりとり」遊びをたくさんすると語彙力が向上し、将来の思考力、判断力、表現力に繋がり、大学受験にも成功し易くなるとも話しておられました。

 聖書には、「万物はことばによって成った。」と記されています。イエス様の愛の教えも、神の子の語彙力によって、豊かな言葉を通して伝えられました。

 今後も、日々、愛情豊かな言葉を交わし合いながら、すばらしい人間性を育むキリスト教保育を続けていきたいと願っています。

                                       【2018年7月】
心の架け橋
 絵本出版社の代表的な老舗、こぐま社の前社長吉井康文さんが、講演会の中で、「子どもは、文字ではなく絵を読んでいる。」と話されたのを聴いたことがあります。示唆に富む、印象的な一言として、私の心に残っています。その時、吉井さんは、「子どもたちは、絵本の世界と現実の世界とを自由に往き来する」と言うことも指摘しておられました。

 大人は、「文字」に裏付けられた「現実」を追い求め、子どもは「絵」によって表現された「ファンタジーの世界」を思い描くのです。子どもたちにとって、絵本の表紙は、ファンタジーの世界への入り口なのです。次に、見返し、扉、ストーリーとファンタジーは繰り広げられ、裏表紙と進んで、最後は、再び表紙を見せてあげて「おしまい、またね」と終わることで、現実の世界へと再び帰ってくるのです。

 絵本には、心を豊かに育てる不思議な力が有ります。子どもは、そのファンタジーの世界を深められ、自らの可能性を伸ばしてゆく、そして、大人にも見失いかけていた夢見る心を思い出させてくれるのです。鹿島幼稚園のみんなも、絵本が大好きです。お家でもぜひ、静かに絵本を読んであげる時間をつくって、親子で豊かな心の触れ合う時を過ごして頂ければと願います。

 先日も、真剣なまなざしで園庭の虫を探している、お友達同士の何気なくも微笑ましい様子を見て、絵本が一冊出来そうな光景だなあと感じました。そんな子どもたちを守る神様の愛を伝えたイエス様は、人と人との間に立って、心と心をつなぐ架け橋となられた方でした。そう、まるで絵本のように…。

                                       【2018年6月】
恵みの63年
 鹿嶋市で最初に生まれた鹿島幼稚園は、今年で創立六十三年目を迎えました。記録を見ると、第一期在園生は六十名とのことでした。場所は、鹿島神宮のそばの春日医院跡地で、現在は常陽銀行鹿島支店が建っている場所です。今迄歩んで来たその年月を振り返る時、それを一言で言い表すとすれば、恵みの六十三年でした。ベビーブームの中、二五〇名を優に超える時期あり、また、少子化の波の中、大変な時期もありましたが、初代青木園長、二代目久保田園長を始め鹿島教会員一同、そして、園スタッフと保護者の皆様の愛情あふれる熱意により守られ、教会附属園から、学校法人幼稚園、そして、認定こども園へと変化しつつ、現在も安定した保育が続けられています。

 神様が、どんな時においても、鹿島幼稚園を守り続けてくださっていることを改めて感謝しています。

 とある晴れた日の朝、玄関の靴箱付近で、こんな微笑ましい光景に出会いました。 年上の「お姉さん」が、年下の女の子の手を引いて、靴の履き替えを手伝っていたのです。お姉さんとはいえ、小さな手が、更に小さな手を、しかし、しっかりと支えながら、まるで、お皿に入れたスープをこぼさないようにするかのように慎重に、自分より小さい子に合わせていっしょに歩いている様子を観て、思わず心が温かくなりました。

 鹿島幼稚園で過ごす中で、神様に愛され、その小さな心に、隣り人を愛する心が芽生え、ゆっくり、しっかり、愛情豊かな人となるための根っこが育まれていることを感じました。

  創立以来、月日は流れても、当時と変わらぬ神様の豊かな愛に守られていることに感謝しつつ、これからも子どもたちの優しい愛に満ちた心を見守り、さらに育むべく、小さな命と共に歩み続けていきたいと願っています。

                                       【2018年5月】
喜びの春
 ご入園、ご進級を心よりお祝い致します。
鹿島幼稚園は、また今年も、お祝いの春を迎えました。

 ところで教会のお祝いといえば、クリスマスが有名ですが、実は、教会で一番大切なお祝いは、イエス様が復活なさったことをお祝いするイースターです。鹿島幼稚園では、毎週、チャペルで礼拝を守ります。もちろん、信仰を強要するのではなく、子どもたちの素直な心で、神様の愛を感じて、人への愛情も豊かに育んで欲しいと願っての大切な時間です。

 スタッフたちも、新年度に向けて、子どもたちの元気なお顔を見られる日を楽しみに待ちながら、一生懸命準備をしました。そして、4月1日のイースターの朝を経て、鹿島幼稚園の新年度が始まりました。

 喜びに満ちた桜満開の春です。鹿島幼稚園の主役は、子どもたちです。子どもたちの喜びのために、スタッフ一同、保護者の皆様、そして鹿島教会員が力を合わせて歩みます。その歩みの真ん中に、イエス様がおられます。神さまは、イエス様を通してその愛を示して下さいました。神さまに深く愛されている喜びをたくさん受けとめて、子どもたちが元気に成長していくことを心から願っています。
(このコラムは大塚園長が毎月執筆していきます)

                                       【2018年4月】

されて育つ


涙する神の子
 今年度も間もなく、卒園式の日を迎えようとしています。鹿島幼稚園の子どもたちは、例えば「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」(ローマの信徒への手紙十二章)という言葉を日々の中で実践することを通して、単に知識として暗記するということではなく、その心に刻みつけて卒園していきます。この聖書の言葉の原点は、イエス・キリストの生き方にあります。一例として、聖書には、イエスがある人物の死に直面し、涙を流すという場面があります。イエスは、全知全能の神の子でありながら、時に憤り、興奮し、また、涙する人でした。現代社会は、上司が部下を、教師が生徒を、大人が子どもをそれぞれの「正しさ」という理屈で追いつめるような、生き辛い社会となっています。もちろん大人には大人の主張する道理、正しさがあります。しかし、人間には理屈よりも大切なものがあるのだと、イエスは十字架で命をかけて教えてくれたのです。それは、人を愛する心であると。子どもが間違ってしまった時、失敗してしまった時、それを道理で責めるのではなく、子どもと共に涙し、問いかけるような豊かな心、愛する心を持つ事を神様は望んでいると、涙する神の子イエスは、教えてくれています。

 新年度から施行される内閣府による「幼保連携型認定こども園教育・保育要領」には、例えば、第一章に「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」として「友達と関わる中で、互いの思いや考えなどを共有し、共通の目的の実現に向けて、考えたり、工夫したり、協力したりし、充実感をもってやり遂げるようになる。」と記されていますが、これは、鹿島幼稚園では、既に六十二年前の創設期より続けてきた保育です。

 鹿島幼稚園は、知力や身体能力の差を競い合って、他者に勝てる子どもを育てることを目標とするのではなく、みんなで一緒に生きることを喜べる人に成ることが大切だと考えています。一人一人が神様に愛されている子どもとして、それぞれの力を精一杯出し合う事、それを本当に喜べる豊かな心を持つ子に育っていって欲しいと願っています。

 春から始まる新しいステージでも、更に成長し続けるよう神様が導いて下さる事を確信しています。(一年間、ご愛読ありがとうございました。園長:大塚 愼)

                                       【2018年3月】
共に生きることを喜べるように
 1月の心キラキラ学に、おもちゃの専門家、保育界の「綾小路きみまろ」こと、岩城敏之さんをお招きし、子どもの発達段階をふまえた良いおもちゃの与え方等、子育てに参考となるお話を楽しく、分かり易くして頂きました。普段、手に入れにくいヨーロッパ製のおもちゃの販売会も開いて頂き、感謝でした。前日には、スタッフ研修の講師としても、お話して頂きました。ドイツやスイス等の良いおもちゃには、ボードゲームなど、家族や友達とみんなで一緒に楽しめるゲームがたくさん有ります。子どもたちは、ゲームを楽しみながら、人間関係を豊かに成長させ、共に生きるということは、こんなにステキで楽しいことなのだと感じる豊かな感性の基礎を築けるのです。

 共に生きる力を育むキリスト教保育を実践する鹿島幼稚園で、よく読まれる聖書の言葉は「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。」(ローマの信徒への手紙十二章)です。キリスト教は、経済力や軍事力ではなく、愛に基づく共同体の形成こそ、神が望まれる世界であるというメッセージを世に送り続けてきました。鹿島幼稚園は、自由保育の中で、子どもたちが個々に遊べる力を育めるよう見守ることと同時に、みんなも大好きな歌のおねえさん、奈央先生や、体操遊びの山ちゃんご指導のもと、みんなで一緒に楽しめるプログラムも子どもたちの成長にとって大変重要であると考え、継続的に実施しています。

 心を合わせて、共に楽しく歌ったり、「アハハハ」と心から笑い声を出し合いながら駆け回ることは、子どもたちにとって大切なコミュニケーションであり、それは、共に生きることを喜ぶ第一歩なのです。

 今年度も残り僅かとなりました。この一年、友としての関係を育んできた仲間達と共に、みんなが、心から嬉しい気持ちで日々過ごせるよう、見守っていきたいと思います。

                                       【2018年2月】
氷点
  寒い冬を迎えて、今年も、鹿島幼稚園におけるキリスト教保育の集大成とも言える、年長さんによるページェントが上演されました。私にとっては、二度目の鹿島のページェントでしたが、今年も、とても素晴らしかったです。特に今年は、リハーサル時に比べ、「本番」に発揮された子どもたちの集中力のすごさに驚かされました。今年から、3〜5歳クラスが一日でクリスマスプログラムの時を持つことになり、各クラスごとの成長が、一日で観られたことも、喜びでした。

 一方、降誕劇の舞台であるベツレヘムは、今年は比較的暖かい冬のようですが、トランプ大統領の「イスラエルの首都はエルサレム」との宣言で、パレスティナの人々の心は凍り付いてしまいました。ページェントの舞台の平和の実現は、遥か遠いようです。

 日本のキリスト教文学の第一人者、三浦綾子さんの代表作に『氷点』という小説があります。物語は、主人公の女性の心の奥底にある「氷点」、つまり、凍り付くような苦しみに焦点を当てながら進行していきます。

 人間の心の中にある氷点を温かい愛で溶かすため、希望の星、イエス・キリストは誕生しました。ページェントの羊飼いや博士たちは、人間の罪がその心を凍りつかせても、永遠に消えることの無い希望の光であるイエスがそれを溶かし続けてくださることを知り、喜びにあふれたのです。

 「見て見て、凍ってるね。」ある寒い朝、霜を見つけて子どもに教えてあげると、微笑みながら、「シャーベットみたいだね」と微笑ましい答えが返ってきました。 この冬も、鹿島幼稚園の「氷点」は、子ども達の笑顔が溶かしてくれます。

                                       【2018年1月】
たぬき先生ありがとう
  十月二十四日、福島県いわき市白水のぞみ保育園理事長・園長、いわき食品放射能計測所「いのり」所長の明石義信牧師(常磐教会)を心キラキラ学の講師としてお招きしましたが、そこで先生が「いわきでも、放射能に不安を覚えながら過ごしている保護者が多くおられますが、大切なのは、子育てについて後悔しないように、それぞれの親御さんの出来る限りのことをするということです。」と言われていたことが印象に残っています。得体の知れない「放射能」という物を軽視することも、いたずらに恐れて振り回されることも良くないのだ、子育てに「正解」というものは無いのだから、自分が我が子にとってベストだと思う行動を取ることが大切だというメッセージとして受けとめました。

 その二日後、東京・原宿で五十五年間にわたって小児科医院を営み「たぬき先生」の愛称で親しまれた毛利子来さんが召天されました。八七歳でした。毛利さんは、子どもの見方、援助の仕方などについての世間の考え方を正す多くの著書を記されていますが、その中で、「幼い子は、得たいの知れぬ不安から外界に挑戦して、それを確かめ、体を動かしこころを躍らせることによって自分を知ろうとしているのです。」(『幼い子のいる暮らし』〔筑摩書房〕一四頁より)と述べておられます。毛利さんの考えの源流には、フランスの哲学者ジャン=ジャック・ルソーが著書『エミール、または教育について』の中で記した、児童の本性を尊重して自由で自然な成長を促すことが教育の根本であるという考え方があります。

 内野副園長から、「たぬき先生がお元気な頃、鹿島幼稚園に来て頂いて、たくさん大切なことを教えて頂きました。」という話しを聞きました。わたしは、直接「たぬき先生」のお話しを伺うことは出来ませんでしたが、ご指導下さった「たぬき先生」に、園長として心から感謝を申し上げます。ありがとうございました。たぬき先生も提唱されていた自由保育で伸び伸びと過ごす鹿島幼稚園の子どもたちの姿を天国から微笑みながら見守って下さっているのではないかと思います。

 今年も、自由に伸び伸びと成長した子どもたちと共に、クリスマスの喜びへの備えが出来ることを感謝しています。

                                       【2017年12月】
収穫感謝
 いよいよ秋が深まってきました。鹿島幼稚園でも色々なプログラムが守られています。「およごう!あそぼう!とびだそう?」〜キラキラうみのだいぼうけん〜と題しての今年のカーニバルも、無事終わりました。お友達のために楽しそうに応援している姿に、鹿島幼稚園らしい喜びが表れていましたし、プログラムに集中する一人一人の真剣な表情の中には、それぞれの成長の証しが示されていました。秋のハッピーバザーも、寒い雨空の元ではありましたが、盛会となりました。父母の会をはじめ、お手伝い頂いた皆様に感謝します。その他にも、お芋掘り、年長組の遠足と、実りの秋にふさわしく楽しいプログラムが目白押しです。そして、「大きくなったことを喜ぶ礼拝」では、みんなの成長を共に喜び、感謝します。

 秋の収穫は、人間の努力だけによるものではなく、神様の恵みによるものなのだと聖書に記されています。ただし、神様の恵みは、トラックで何十トン何百トンという形で運ばれてくるものではありません。一人一人に、異なった形で、その子にふさわしい「収穫」が与えられるのです。だから、去年の「収穫」と今年を比べることはできませんし、周りの「収穫」と自分の「収穫」を比べても無意味なのです。神様の恵みは、かけがえのないその一人のために、その人にふさわしい、その人にぴったりな形で与えられるのです。そのことに対して、一人一人が神様と向き合い、心深く喜びを言い表すこと、それが聖書が教える「収穫感謝」なのです。

 いろいろなことを体験しながら、それぞれの、世界でたった一つのその子らしいステキさが膨らんでいくことを願っています。

                                       【2017年11月】
すすめ!アンパンマン・バス
 今年もカーニバルが開催されます。鹿島幼稚園が運動会という言葉を使わないのは、競争するのが目的なのではなく、みんなで一緒に楽しむことが目的だからです。今年から、おじいちゃん、おばあちゃん参加のプログラムも加わり、みんなで、競争に勝つことよりも大切なものがあるというすてきな体験を新たな思い出としてそれぞれの心のアルバムに加えることができるでしょう。

 私は、この夏、思い出の地である土佐を訪れました。尊敬する龍馬の手紙を見ること、初めての主任牧師としてお世話になった潮江教会を家族と訪ねること、そして、子どもも大好きなアンパンマンの生みの親であるやなせたかしさんの生まれ故郷を訪ねることが目的でした。
 アンパンマンのテーマは、「自己犠牲」です。バイキンマンをやっつけるかっこよさが、目立ちますが、実は、バイキンマンが登場するまでのアンパンマンこそが、本当のアンパンマンの姿なのです。
 自分の頭をちぎって、飢えた人を助ける姿は、キリスト教にも通じるところがあります。イエス・キリストが「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。」と教えておられる通りです。

 今月から、鹿島幼稚園の大バスが「アンパンマン・バス」になります。園舎同様、バスも古くなって、ドライバーさんたちにもご苦労をかけていましたので、新車に切り替えました。その際、職員からのリクエストもあり、フレーベル館さんにお願いして、アンパンマンを描いて戴きました。アラウンドビュー・モニターを搭載する等、安全装備もばっちりです。もっとも、鹿島幼稚園のドライバーさんたちは、ディーラーの営業マンが「あの狭い車庫に、よく上手に入れられますねえ〜。」といつも感心するぐらいの名ドライバーなので、「弘法筆を選ばず」だと思いますが。

 これから、鹿島幼稚園の子どもたちは、登降園や遠足などで、アンパンマンに乗って走ります。
 アンパンマンのように、自分の命を献げて、愛してくださったイエス様に守られて、喜びながら、元気いっぱい走り続けます。

                                       【2017年10月】
信じられて信じる
 8月に予定通り、園舎の全面補修工事が行われ、外壁、保育室、トイレの他、照明が全てLEDになる等、子どもたちがより一層安全、快適に過ごせる環境が整いました。工事中は、保護者の皆様には何かとご不便をおかけしましたが、ご理解、ご協力を戴き、感謝します。

 元々、土木会社が建てた頑強な構造の園舎に、久保田園長時代には、耐震補強工事も完了しているので、地震にも安心です。少し前、行政から「アスベスト使用」についてのアンケートが届き、建築当初のことが分らず、久保田先生にメールしたことがありました。直ぐに来たお返事には、「当時の建築物には珍しいと思いますが、鹿島幼稚園の園舎には、アスベストは一切使用されていません。」とありました。頑丈な構造や、使用する材料へのこだわりに、初代園長の青木敬和牧師や鹿島教会員の心にある園の子どもたちへの深い愛情を感じました。
 
 その青木先生から、誕生日プレゼントに、佐々木正美著『続 子どもへのまなざし』(福音館書店)を戴きました。『子どもへのまなざし』も愛読書だったので、嬉しく読ませて戴きました。その中に、こんな一節がありました。「…このことは二十数年前に、もう決着が付いていますが、定時授乳ではなくて、子どもの望むように授乳をした方がいいといわれています。…子どもがおっぱいを欲しがったときに、お母さんがすぐやってきて授乳をしてくれると、子どもにとっては、自分の欲求が満たされることになり、そのことによって人を信じる力とか自分を信じる力、あるいは、主体性とか自主性というようなものが育っていくのです。ところが、子どもが望んだにもかかわらず、定時授乳を頑固に守ると、子どもというのは相手に対する不信感、それから、自信の無さ、些細なことで挫折する、忍耐力が無い、主体性が無い、自主性が無いといったように、そういうふうになっていくことがわかりました。」

 以前に受けた研修でも、質の高い〇歳児保育が、生きる意欲と豊かに学ぶ土台を作るということが述べられていました。自分という存在を尊ばれ、信じられることにより、信じる人へと成長する歩みは、0歳から始まっているのです。未来に向けて、これからも、子どもたちが過ごす環境を整えつつ、一人一人の人格を尊重し、信じ、愛し、大切に見守っていく保育を続けていきたいと願います。

                                       【2017年9月】
「ほんもの」を遊ぶ
 先日、鹿島幼稚園では、京都府宇治市の「キッズいわきぱふ」の代表、岩城敏之さんに来て頂き、保育の中で、ヨーロッパのおもちゃのレクチャーをして頂きました。みんな初めて手にするおもちゃも多く、「ほんもの」のおもちゃをたっぷり楽しむことが出来ました。岩城さんによると、世界で一番「ほんもの」のおもちゃを研究しているのは、ドイツだそうです。その研究によると、テレビゲーム等の二次元のバーチャル世界ではなく、例えば、素朴な積み木遊びなどが、脳の正常な発育を促し、バランスの取れた人格形成につながるという結果が出ているのだそうです。ご協力下さったバザーの収入等も用いさせて頂きながら、更に良いおもちゃを充実させていきたいと願っています。岩城さんは、1月の心キラキラにもおもちゃを持って来て下さるので、お楽しみに!

 百ます計算で有名な陰山英夫さんが、東大生の保護者を対象にしたアンケートを採った時に、面白い共通点があったそうです。それは、子どもがティッシュを取り出す遊びをどの親も妨げなかったという点であったそうです。陰山さんは、ティッシュを最後まで取り続ける遊びが出来た子は、物事をとことん探究するという力を育てられたのだと指摘しておられます。

 この時期、子どもたちと自然の中でじっくり「ほんもの」に触れる機会もあるのではないかと思います。イエスさまは、「栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。」と語られ、人が作る物ではなく、神様が作られた一輪の花の美しさを指摘されました。遠くに出かけなくても、例えば、近くの公園などを散歩して、土に触れたり、小さな草花を見つけたりすることも「ほんもの」を遊ぶ時間となります。

  親子で過ごせる貴重な時間を子どもたちが、愛情に見守られながら「ほんもの」の遊びをたっぷりして、素晴らしい人格形成へとつながるよう、楽しみながら、ゆったりと過ごして頂ければと願っています。

                                       【2017年8月】
何のために「叱る」のか
 児童心理学者で、医師の平井信義さんは、その著書『子どもを叱る前に読む本』の中で、子どもの叱り方について、「失敗を叱るのは厳禁」であると述べておられます。なぜなら、子どもの成長過程には、必ず失敗が伴うものであり、「失敗」は次には失敗しないように行動しようという「挑戦」への「意欲」につながっていくからだと指摘しています。そして、お皿を落として割ってしまった時など、大人はついつい「ほらごらん」と言ってしまうけれど、それは「しまった」と感じている子どもに、更に追い打ちをかけて傷つけるもので、自己反省能力が育つ機会を無くしてしまう行為になってしまうのです。平井さんは、子どもが失敗した時には、「この次にはがんばろうね」と声をかけるそうです。そして、子どもと一緒に壊れた食器を片付けながら、怪我をしない方法も教え、更に、もう一度、子どもに食器を運ぶ機会を与えるのだそうです。私は、そこには、「放任」と「自由」の違いが示されているように思います。平井さんは、決して子どもの失敗を放任しているのではなく、失敗から学ぶための自由を与えているのです。
 
 これから、夏休みの時期に入り、それぞれのご家庭でも、お子さんと共に過ごす時間をたっぷり取れる機会も多くなることでしょう。「叱り方」も見つめ直しながら、その時間をぜひ、子どもたちの成長へとつながる時間として、大切に過ごしていただきたいと願っています。そして秋からは、それぞれたくましく成長した子どもたちと共に、補修工事が終わって更に快適になった園舎で、元気いっぱい遊べることを楽しみにしています。

鹿島幼稚園の子どもたちが、神様の深い愛に見守られていることを感謝しつつ、その心をそばで支えながら、共に成長を見守り続けていきたいと思います。

                                       【2017年7月】
小さな者に仕える
 間も無く開催される予定の初夏のバザーのために、バザー委員長の皆様をはじめ、父母の会の皆様にたくさんのご協力を戴いております事を心より感謝申し上げます。子どもたちも、バザーを楽しみにしていますし、得られた収入は、全て子どもたちのために、より良いおもちゃを購入したり遊具類などの設備を充実するための費用に充てさせて戴きます。今年も、卒園児の保護者の皆様や教会関係者のご協力も戴き、親子共々楽しめるバザーにしたいと願っていますので、よろしくお願い致します。
バザーを始め、お誕生会や遠足など、特別なプログラムを経験する事は、子どもたちにとって、成長のための大切なステップとなります。

 また、普段の遊びの中でも、子どもたちは少しずつ成長していきます。例えば「うんてい」が、成長の証しとなる子もいます。「園長先生、見ててよ。」と、うんていをスイスイとやって見せてくれた子がいました。かつては怖くて近寄れなかったうんていに、よじ登り、渡りきる事ができた子どもたちの顔は皆、満足げで誇らしげです。三輪車に乗るのが好きな子であれば、最初はカーブでバランスを崩していたのが、日に日にスムーズに旋回できるようになっていきます。うまく曲がれた後、にっこり微笑む顔は、心を和ませてくれます。最初は、虫が怖かったのに、ダンゴムシ探しが大好きになって、「ほら見て」と、捕まえてきたダンゴムシを見せてくれるようになった子もいます。一人一人が、それぞれのペースに合わせて逞しく成長していくのを見守るキリスト教保育に関われる事は、とても大きな喜びです。

 イエス・キリストは、子どものような者こそ神の国に相応しい、小さな者に仕えよと教えました。キリスト教保育は、その教えから誕生しましたが、子育ては、神の国はこんなにすてきなのだとの喜びを感じる事ができる尊い業なのです。小さい命が被害者となる悲惨な事件が後を絶たないという現代社会において、神に愛されている子どもたちの命に仕える喜びを感謝しながら、共に見守り続けていきたいと思います

                                       【2017年6月】
共に喜ぶ
 一学期が始まり、やがて1ヶ月が経とうとしています。今年の子どもたちも、落ち着いて日々を送っています。特に今年の年少さんたちにおいては、認定こども園の制度が定着してきた中で、園生活経験者の「ベテラン」たちが良い影響を与えてくれているようです。年長、年中さんたちも、年下の子たちに気配りのできる優しさをもったステキなお兄さんお姉さんたちなので、園全体に楽しい雰囲気が満ち溢れているように感じます。その事の理由の一つは、保護者の皆さんが園を信頼し、大きな協力を戴いていることにあります。その思いが子どもたちの心にも伝わって子どもたちの素直な喜びとなっているのです。これからも、大きな怪我など無く、元気に楽しく過ごせるよう見守っていきたいと思いますので、変わらぬご理解、ご協力をよろしくお願いします。

 聖書の教えに基づくキリスト教保育を実践する鹿島幼稚園ですごす子どもたちは、一人一人が、夢中になって遊び、やがて、その喜びをみんなと分かち合えるようになります。神様の愛に守られながら、家族の皆様に愛され、お友達とのびのびと、共に喜びを分かち合いながら、自由に遊ぶ日々を送ることで、それぞれの人としての根っこがしっかりと育ち、やがて大人に成った時には、共に喜べる社会を形成するステキな一人一人へと成長していくのです。

 5月には、母の日という記念日が有ります。デパート等では、カーネーションのみならず、様々なプレゼント商戦が展開されているようですが、元々は、教会で始まった記念日です。南北戦争中のアメリカで、平和活動をしていた母親を記念し、教会の人々に、白いカーネーションを贈ったアンナ・ジャービスという一人の女性の提唱により、アメリカの記念日の一つとなったのです。母の日も、愛されて育った一人の人の思いが、その起源なのです。「母の日礼拝」をはじめ、鹿島教会の礼拝や集会は全ての方に開かれたものですので、どうぞ自由にご出席下さい。
                                       【2017年5月】
神の愛の園
 ご入園、ご進級を心よりお祝い致します。先月、年長組の子どもたちが元気に卒園して行きました。
そして、みんなピカピカの一年生になりました。認定こども園には、毎日子ども達が登園しますが、年長組卒園後は、淋しかったです。しかし桜前線が上昇する中、再び多くの子どもたちが元気に登園し、また賑やかになりました。  新入園児さんたちは、最初は少し不安があるかもしれません。でも鹿島幼稚園には、頼もしいお兄さん、お姉さんたちがいます。それぞれステップアップした新しい日々に、ワクワクしています。砂場、木のお家、三輪車、ブランコ、サッカー、積み木、お絵描き、お散歩…その他たくさんの遊びを一緒にしながら、豊かな時を過ごせることを楽しみにしています。鹿島幼稚園は、家族はもちろん、お友達、お友達の家族、保育者、地域の方々、卒園生、教会の人たち、そして何より神様の愛に見守られている園です。  鹿島幼稚園でよく読まれる聖書の言葉は「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。」(ローマの信徒への手紙十二章十五節)です。キリスト教を世界に広めたパウロという人の言葉です。
 
 鹿島幼稚園では、子どもたちが喜びを共有する体験を重ねる中で、共に生きる力を育んでいます。この春、節目を迎える子どもたちは、きっとこれからも「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣く」事の出来る人として歩んでいくでしょう。  昨年、わたしは園長「一年生」として様々な経験をしました。楽しい時も、そして、悲しい時も、いつも子どもたちが支えてくれました。今年度も子どもたちと共に、一日一日、喜びの日を重ねていきたいと思います。  子どもたち一人一人が、神様の深い愛に守られる日々を一日一日重ねながら成長し、やがては、その愛を隣人と共に分かち合える人となることを心より祈っています。

                                       【2017年4月】
       

和をともに


本当の自由を獲得する
 同志社大学ラグビー部を三年連続日本一に導き、神戸製鋼七年連続日本一に貢献し、今後の日本ラグビー界を背負うべき人物とされていた平尾誠二さんが、昨年の十月、五十三歳の若さで召天されました。同じ時期に同じ大学で学生生活を送った私も、ファンの一人でした。平尾さんは、同志社の自由度の高い日本一の展開ラグビーについて、「『自由』とは、『好き勝手』ではなく、厳しく自らを律することから生まれるもの」であると言っておられました。

鹿島幼稚園園長として歩み始めた一年目、不安な事もありましたが、信頼できるスタッフ、そして、保護者の皆様の深いご理解、ご協力を戴き、大切なお子様達の命を守り、育む事を無事終えようとしている今、改めて心から感謝しています。そして、最初は(誰だ、この人?)という表情で見ていた子ども達が、今では愛情こもった大きな声で「園長先生〜」と呼びかけてくれる事が、この上ない喜びです。成長した子ども達を目の当たりにしつつ、冒頭で触れた平尾さんの言葉に触れた時、子ども達の成長に関わる自由保育の大切さを改めて思わされました。自由保育は、まず、個人一人一人が、しっかり遊び込めるようになることを目指し、見守る事からスタートします。やがてその遊びは、お友達の関係の中へと広がり始めます。時には、自分の思い通りにいかない事も起きます。その中で、子ども達は、大人に強制されるのではなく、自らの力で、我慢する事、考える事を学び、自ら決断する力を育むよう一人一人の人格を大切にしつつ注意深く支えていくというのが、自由保育です。聖書に、「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」(ローマの信徒への手紙十二章)という言葉が有ります。聖書における自由とは、神様に喜ばれる自由であり、それは、人に指示される事無く、自ら考え、行動し、喜びも悲しみも、他者と共有できるような人生を送るという事なのです。子ども達は、この一年も鹿島幼稚園で、神様の愛に守られながら、しっかりと遊んで、聖書が教える本当の自由を獲得する人へと成長しました。春から始まる新しいステージでも、更に成長し続けるよう神様が導いて下さる事を確信しています。(一年間、ご愛読ありがとうございました。園長:大塚 愼)

                                       【2017年3月】
明日への祈り
 1月の心キラキラ学に、元筑波宇宙センター所長の菊山紀彦さんをお招きしました。菊山さんは、種子島宇宙センターの所長時代には、国産のH―Uロケットの打ち上げをされ、歴代の日本人宇宙飛行士である毛利衛さん、山崎直子さん、向井千秋さん、若田光一さん等多数の宇宙飛行士の訓練もされた方です。質疑応答の時、卒園の保護者の方から「宇宙飛行士になるための条件は何でしょうか?」という質問がありました。菊山さんのお答えは、「語学力、技術力等いろいろありますが、一番大事な資質は『切れない人である』事です。なぜなら、宇宙空間で、『お前らなんかダメだ』と切れてドアを開けて出て行けば、『全滅』ということになるからです。」 「切れないこと」…これは、学力や訓練でどうにかなるものではありません。最近の子ども達は、ちょっとしたことで「切れやすい」と言われることがよくあります。それは、「ストレス社会」に生きている大人達の影響と無関係ではないでしょう。

 先日、園でお餅つき会を行いました。私も「園長先生、頑張って!よいしょ!」子ども達に励まされながら共に楽しくつきました。「お餅つき」は、人々の健康を祈って行われる日本古来の伝統行事です。伝統行事というものには、いわば幸福への願い、祈りが込められていて、その祈りには、キリスト教、神道、仏教の壁も無いのだと思います。使徒パウロは「わたしは、祈りの度に、あなたのことを思い起こして、いつもわたしの神に感謝しています。」と述べていますが、鹿島幼稚園で行われる行事一つ一つも、子どもたちが元気に育ってくれるようにとの願い、祈りに基づくものです。

 子どもたちへの祈りは、わたし達の未来への祈りであり、明日へと向かう希望の祈りです。子どもには大人には無い、無限の想像力があります。希望を描き続け、絶望しないという想像力です。わたしも毎日、鹿島幼稚園のみんなから無限の元気を戴いています。その力を大人が奪ってはなりません。受験のためだけの教育や、幼児虐待等々、現代社会は子どもの想像力を奪うような数々の悪に満ちています。その危機から子どもたちを守る原動力となるのは、大人達の心からの祈りであり、その祈りに基づく行動なのです。

 これからも、子ども達のために、明日への祈りを共に捧げていきたいと思います。

                                       【2017年2月】
愛は昇る太陽のように
 乳幼児教育学、保育学の専門家で、テレビでもおなじみの大豆生田教授(玉川大学)が、アメリカで行われた「ペリープリスクール調査」の紹介をしておられました。その調査によると、乳幼児期に、「質の高い」保育を受けた子どもは、成長の段階で、社会情緒的スキル、つまり、意欲、自尊心、やり遂げる力、社会性などにおいて大きな伸びが見られるとのことでした。大豆生田教授は、墨田区子ども子育て会議会長もしておられるのですが、来年度以降改訂されていく、国の幼児教育・保育要領も、保育の質の高さに重点が置かれているとのことでした。質の高い保育とは、すなわち、子ども主体の「遊び」による学習を軸とする保育です。鹿島幼稚園が大切にしているキリスト教保育のエキスパートでもある大豆生田教授が、行政機関においてもブレーンとなってリードして下さっていることは、心強い限りです。

 先月は、鹿島幼稚園におけるキリスト教保育の集大成とも言える、年長さんによるページェントが上演されました。私にとっては、初めての鹿島のページェントでしたが、一言で言って、とても素晴らしかったです。できばえの素晴らしさもさることながら、私は、その準備段階にも感動しました。それは、役決めを、みんなの話し合いで決めるという点です。正直、幼児には、大変難しいシステムだと思います。小学生になっても苦手な子も多いでしょう。それが、年長さんの時に既に出来るのは、まさに、遊びを中心に、自己肯定感や協調性などを充分に伸ばしてきたキリスト教保育の賜物であると思います。一生懸命に楽しみながら準備の出来た子ども達に、そして、タイムリミットがある中、ギリギリまで子ども達の主体性を第一に考えながらサポートし続けた教師陣にも拍手をおくりたいと思います。

 イエスは、「空の鳥を見なさい、野の花を見なさい。神様は、この小さな者たちを守り育んで下さる。ましてや、あなたたちを愛されないはずはない。」と、教えたのですが、これは、キリスト教保育の原点でもあります。たとえどんなに悩み、仮に、絶望しそうになったとしても、必ず昇る太陽のように、降り注がれ続ける神の愛に守られている…それこそが、子ども達の成長を信じ、愛情深く寄り添い続けるという鹿島幼稚園も大切にしているキリスト教保育の根拠となる希望なのです。

                                       【2017年1月】