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キリスト教保育 共に生きる保育 自由保育                                                  スマートフォン版

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〒314-0031 茨城県鹿嶋市宮中7丁目10-7

園長コラムcolumn

イエスさまとともに生きる〜愛の交わりの中で〜


共に愛され共に成長する
 今年もまた、カーニバルで体を動かす、楽しそうな子どもたちの声が園庭に響く季節がやってきました。

 鹿島幼稚園では、一般的な運動会という言葉は使わず、「カーニバル」と呼んでいます。それは、能力や順位を競うのではなく、みんなでカーニバル、お祭りのように、一緒に楽しむことが目的だからです。そんなカーニバルでは、みんなで一緒に身体を動かし、心を豊かにされ、それぞれが楽しみながら成長できるのです。

 今年のカーニバルは、「クレヨンたちあつまれ 〜♪はしろう!おどろう!わらおう!〜にじろカーニバル〜」というテーマでプログラムが展開されました。鹿島幼稚園では、カーニバルの時期だけではなく、通常の保育の中でも、幼児体育の講師を招き、子どもたちに体育遊びの楽しさを伝えて頂いています。鹿島幼稚園は、一人一人が、のびのびと育つことを大切にする保育を行っていますが、こうした体育遊びのプログラムを通して、「自分だけ」ではなく、「みんなで」育つ喜びも体験してもらいたいと考えています。カーニバルで、毎年ステキだなと思うのは、お友達を一生懸命応援している子どもたちの姿です。今年も、練習の時からみんな「〜ちゃん、がんばれ」「〜君、がんばれ」と声を合わせて応援していました。

  みんなで一緒にできることを喜び、そして、神さまに愛されていることをみんなで一緒に感謝しながら、共に成長していきたいと思います。  
                                       【2018年10月】
依り頼む
 8月に予定通り、園舎のアフゼリア製ウッドデッキ設置、第二駐車場拡張工事等が行われ、子どもたちがより一層安全、快適に過ごせる環境が整いました。工事中は、保護者の皆様には何かとご不便をおかけしましたが、ご理解、ご協力を戴き、感謝します。

 二学期が始まりました。今年の夏休みも大変暑い日が続きましたが、皆さん、楽しく過ごされましたか?これから、カーニバル、秋の遠足、収穫感謝、そしてクリスマス等、楽しいプログラムが盛りだくさんです。皆で楽しく実りの秋を満喫して、神さまに見守られながら、共に成長していきたいと願っています。

 佐々木正美さんが『子どもの心を育てる本』の中で、「社会的な自立」ということについて指摘しておられます。それによると、幼児期に大人からあれこれしなさいと言われて育った子どもは小学生になって、社会的な自立が遅いのだそうです。自分でやりなさいと割合早い時期からあれこれ指導されて、色々なことが早くから自分で出来るということは、自立出来るということには繋がらないのです。例えば、スプーンを上手に使うだとか、持ち物を椅子にかけるといったようなことは、単なる「行為の獲得」に過ぎないのであって、「人格形成」という意味での自立ではないのです。社会的な人格形成には、「出来ない自分」をしっかり経験することが大切なのです。出来ないことで、周りに「依存」します。お母さんを始め、周囲の誰かがそれに応えてあげることで、「信頼」が生まれ、それが、社会で生きる自信となり自立へと繋がっていくのです。

  時々、「うちの子はこんなことがまだできない」と心配されている保護者の声を耳にします。でも、心配無いのです。「出来ない」、その時こそが宝なのです。そこにこそ「出来る」芽が芽吹いているのです。  

 聖書には、神さまに頼り切って生きることこそ、人間がしっかり自立して歩むための基本であることが書かれています。キリスト教保育は、「頼ること」で「信頼」という喜びを得ながら社会的に自立した人と成ることを目指しています。出来ない子を注意して、無理矢理出来るようにさせるのではなく、出来ない辛さを受けとめ、共感し、ありのままのその子を愛すること、それがその子の成長への確かな第一歩と成るのです。

                                       【2018年9月】
希望
 子どもの心の中には、「希望」がいっぱいつまっています。

 これからの日本の教育には、その希望をいかに育てていくかが問われています。かつて、日本の教育のキーワードは「優等生」でした。「親や教師の言うことをよくきく」良い子を育てること、育つことが目標でした。しかしその「優等生」たちが、まさかという凶悪事件を起こしてしまう事態が相次ぎ、日本の教育は、大きな転換を迫られることになりました。

 テレビでもお馴染みの井桁容子先生(東京家政大学)が研修会の中で、これからの日本の教育はコンテンツ・ベイス(何をどれだけ知っているか)ではなく、コンピテンシー・ベイス(どのような問題解決を成し遂げるか)ですという指摘をされていました。

  鹿島幼稚園では、いろんな子どもたちが園長のことをかまってくれるので、嬉しい日々を過ごしていますが、ときどき、タックルとかで強めのかまい方をしてくれる子がいます。そんな時は、その子と目線の高さを合わせて話しかけると嬉しそうに、にっこり笑ってくれます。     

 鹿島幼稚園の保育が目指しているのは「優等生」を育てることではありません。「人間」に評価される優等生ではなく、あなたは「神様」に愛されているかけがえのないひとりなのだということを心の底から嬉しく感じて、どんなときにも希望を失わずに生きる子どもとなれることを目指しているのです。

 優等生という「レッテル」を目指して「知識の詰め込み」に追われ個性をはぎ取られていく時代の中で、鹿島幼稚園の子どもたちは、神様に守られながら、毎日嬉しい気持ちで過ごしています。

 そんな鹿島幼稚園の子どもたちは、わたしにとってもかけがえのない希望なのです。

                                       【2018年8月】
言(ことば)によって成った
 園では、保護者の皆様への連絡に「一斉メールサービス」を活用していて、先日の台風接近の際にも、迅速に連絡することが出来ました。メール、ライン、ツイッターと、時代は、SNSの利便性が活かされる高度情報社会となっています。しかし、そういった便利なものは、慎重に扱わねばならないという面もあります。

 尾木ママこと 尾木直樹さんは、著書『「ケータイ・ネット時代」の子育て論』(新日本出版社)の中で、「インターネットやケータイを悪用した学校における「いじめ」や「学校裏サイト」、「チェーンメール」「前略プロフィール(プロフ)」による嫌がらせ、友達間のトラブルが日増しに増えています。これらネットトラブルは子どもたちの友達関係を壊すだけでなく、人間への不信感を植え付け相手を傷つける事件や事故に発展しかねないほど危険に満ちています。」と述べておられます。

 本来、微妙なニュアンスが難しい日本語なのに、相手の顔が見えないメールで、言葉だけが独り歩きしてしまい、無用なトラブルに見舞われかねないというのは、子どもの世界だけの話ではなくなっています。本来、コミュニケーションというのは、相手の表情を見ながら、あるいは、生の声を聴きながらなされるべきなのでしょう。子どもたちも、そのようにして、他者との関わりを深めながら成長すべきなのです。尾木ママは、幼児期に「しりとり」遊びをたくさんすると語彙力が向上し、将来の思考力、判断力、表現力に繋がり、大学受験にも成功し易くなるとも話しておられました。

 聖書には、「万物はことばによって成った。」と記されています。イエス様の愛の教えも、神の子の語彙力によって、豊かな言葉を通して伝えられました。

 今後も、日々、愛情豊かな言葉を交わし合いながら、すばらしい人間性を育むキリスト教保育を続けていきたいと願っています。

                                       【2018年7月】
心の架け橋
 絵本出版社の代表的な老舗、こぐま社の前社長吉井康文さんが、講演会の中で、「子どもは、文字ではなく絵を読んでいる。」と話されたのを聴いたことがあります。示唆に富む、印象的な一言として、私の心に残っています。その時、吉井さんは、「子どもたちは、絵本の世界と現実の世界とを自由に往き来する」と言うことも指摘しておられました。

 大人は、「文字」に裏付けられた「現実」を追い求め、子どもは「絵」によって表現された「ファンタジーの世界」を思い描くのです。子どもたちにとって、絵本の表紙は、ファンタジーの世界への入り口なのです。次に、見返し、扉、ストーリーとファンタジーは繰り広げられ、裏表紙と進んで、最後は、再び表紙を見せてあげて「おしまい、またね」と終わることで、現実の世界へと再び帰ってくるのです。

 絵本には、心を豊かに育てる不思議な力が有ります。子どもは、そのファンタジーの世界を深められ、自らの可能性を伸ばしてゆく、そして、大人にも見失いかけていた夢見る心を思い出させてくれるのです。鹿島幼稚園のみんなも、絵本が大好きです。お家でもぜひ、静かに絵本を読んであげる時間をつくって、親子で豊かな心の触れ合う時を過ごして頂ければと願います。

 先日も、真剣なまなざしで園庭の虫を探している、お友達同士の何気なくも微笑ましい様子を見て、絵本が一冊出来そうな光景だなあと感じました。そんな子どもたちを守る神様の愛を伝えたイエス様は、人と人との間に立って、心と心をつなぐ架け橋となられた方でした。そう、まるで絵本のように…。

                                       【2018年6月】
恵みの63年
 鹿嶋市で最初に生まれた鹿島幼稚園は、今年で創立六十三年目を迎えました。記録を見ると、第一期在園生は六十名とのことでした。場所は、鹿島神宮のそばの春日医院跡地で、現在は常陽銀行鹿島支店が建っている場所です。今迄歩んで来たその年月を振り返る時、それを一言で言い表すとすれば、恵みの六十三年でした。ベビーブームの中、二五〇名を優に超える時期あり、また、少子化の波の中、大変な時期もありましたが、初代青木園長、二代目久保田園長を始め鹿島教会員一同、そして、園スタッフと保護者の皆様の愛情あふれる熱意により守られ、教会附属園から、学校法人幼稚園、そして、認定こども園へと変化しつつ、現在も安定した保育が続けられています。

 神様が、どんな時においても、鹿島幼稚園を守り続けてくださっていることを改めて感謝しています。

 とある晴れた日の朝、玄関の靴箱付近で、こんな微笑ましい光景に出会いました。 年上の「お姉さん」が、年下の女の子の手を引いて、靴の履き替えを手伝っていたのです。お姉さんとはいえ、小さな手が、更に小さな手を、しかし、しっかりと支えながら、まるで、お皿に入れたスープをこぼさないようにするかのように慎重に、自分より小さい子に合わせていっしょに歩いている様子を観て、思わず心が温かくなりました。

 鹿島幼稚園で過ごす中で、神様に愛され、その小さな心に、隣り人を愛する心が芽生え、ゆっくり、しっかり、愛情豊かな人となるための根っこが育まれていることを感じました。

  創立以来、月日は流れても、当時と変わらぬ神様の豊かな愛に守られていることに感謝しつつ、これからも子どもたちの優しい愛に満ちた心を見守り、さらに育むべく、小さな命と共に歩み続けていきたいと願っています。

                                       【2018年5月】
喜びの春
 ご入園、ご進級を心よりお祝い致します。
鹿島幼稚園は、また今年も、お祝いの春を迎えました。

 ところで教会のお祝いといえば、クリスマスが有名ですが、実は、教会で一番大切なお祝いは、イエス様が復活なさったことをお祝いするイースターです。鹿島幼稚園では、毎週、チャペルで礼拝を守ります。もちろん、信仰を強要するのではなく、子どもたちの素直な心で、神様の愛を感じて、人への愛情も豊かに育んで欲しいと願っての大切な時間です。

 スタッフたちも、新年度に向けて、子どもたちの元気なお顔を見られる日を楽しみに待ちながら、一生懸命準備をしました。そして、4月1日のイースターの朝を経て、鹿島幼稚園の新年度が始まりました。

 喜びに満ちた桜満開の春です。鹿島幼稚園の主役は、子どもたちです。子どもたちの喜びのために、スタッフ一同、保護者の皆様、そして鹿島教会員が力を合わせて歩みます。その歩みの真ん中に、イエス様がおられます。神さまは、イエス様を通してその愛を示して下さいました。神さまに深く愛されている喜びをたくさん受けとめて、子どもたちが元気に成長していくことを心から願っています。
(このコラムは大塚園長が毎月執筆していきます)

                                       【2018年4月】

されて育つ


涙する神の子
 今年度も間もなく、卒園式の日を迎えようとしています。鹿島幼稚園の子どもたちは、例えば「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」(ローマの信徒への手紙十二章)という言葉を日々の中で実践することを通して、単に知識として暗記するということではなく、その心に刻みつけて卒園していきます。この聖書の言葉の原点は、イエス・キリストの生き方にあります。一例として、聖書には、イエスがある人物の死に直面し、涙を流すという場面があります。イエスは、全知全能の神の子でありながら、時に憤り、興奮し、また、涙する人でした。現代社会は、上司が部下を、教師が生徒を、大人が子どもをそれぞれの「正しさ」という理屈で追いつめるような、生き辛い社会となっています。もちろん大人には大人の主張する道理、正しさがあります。しかし、人間には理屈よりも大切なものがあるのだと、イエスは十字架で命をかけて教えてくれたのです。それは、人を愛する心であると。子どもが間違ってしまった時、失敗してしまった時、それを道理で責めるのではなく、子どもと共に涙し、問いかけるような豊かな心、愛する心を持つ事を神様は望んでいると、涙する神の子イエスは、教えてくれています。

 新年度から施行される内閣府による「幼保連携型認定こども園教育・保育要領」には、例えば、第一章に「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」として「友達と関わる中で、互いの思いや考えなどを共有し、共通の目的の実現に向けて、考えたり、工夫したり、協力したりし、充実感をもってやり遂げるようになる。」と記されていますが、これは、鹿島幼稚園では、既に六十二年前の創設期より続けてきた保育です。

 鹿島幼稚園は、知力や身体能力の差を競い合って、他者に勝てる子どもを育てることを目標とするのではなく、みんなで一緒に生きることを喜べる人に成ることが大切だと考えています。一人一人が神様に愛されている子どもとして、それぞれの力を精一杯出し合う事、それを本当に喜べる豊かな心を持つ子に育っていって欲しいと願っています。

 春から始まる新しいステージでも、更に成長し続けるよう神様が導いて下さる事を確信しています。(一年間、ご愛読ありがとうございました。園長:大塚 愼)

                                       【2018年3月】
共に生きることを喜べるように
 1月の心キラキラ学に、おもちゃの専門家、保育界の「綾小路きみまろ」こと、岩城敏之さんをお招きし、子どもの発達段階をふまえた良いおもちゃの与え方等、子育てに参考となるお話を楽しく、分かり易くして頂きました。普段、手に入れにくいヨーロッパ製のおもちゃの販売会も開いて頂き、感謝でした。前日には、スタッフ研修の講師としても、お話して頂きました。ドイツやスイス等の良いおもちゃには、ボードゲームなど、家族や友達とみんなで一緒に楽しめるゲームがたくさん有ります。子どもたちは、ゲームを楽しみながら、人間関係を豊かに成長させ、共に生きるということは、こんなにステキで楽しいことなのだと感じる豊かな感性の基礎を築けるのです。

 共に生きる力を育むキリスト教保育を実践する鹿島幼稚園で、よく読まれる聖書の言葉は「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。」(ローマの信徒への手紙十二章)です。キリスト教は、経済力や軍事力ではなく、愛に基づく共同体の形成こそ、神が望まれる世界であるというメッセージを世に送り続けてきました。鹿島幼稚園は、自由保育の中で、子どもたちが個々に遊べる力を育めるよう見守ることと同時に、みんなも大好きな歌のおねえさん、奈央先生や、体操遊びの山ちゃんご指導のもと、みんなで一緒に楽しめるプログラムも子どもたちの成長にとって大変重要であると考え、継続的に実施しています。

 心を合わせて、共に楽しく歌ったり、「アハハハ」と心から笑い声を出し合いながら駆け回ることは、子どもたちにとって大切なコミュニケーションであり、それは、共に生きることを喜ぶ第一歩なのです。

 今年度も残り僅かとなりました。この一年、友としての関係を育んできた仲間達と共に、みんなが、心から嬉しい気持ちで日々過ごせるよう、見守っていきたいと思います。

                                       【2018年2月】
氷点
  寒い冬を迎えて、今年も、鹿島幼稚園におけるキリスト教保育の集大成とも言える、年長さんによるページェントが上演されました。私にとっては、二度目の鹿島のページェントでしたが、今年も、とても素晴らしかったです。特に今年は、リハーサル時に比べ、「本番」に発揮された子どもたちの集中力のすごさに驚かされました。今年から、3〜5歳クラスが一日でクリスマスプログラムの時を持つことになり、各クラスごとの成長が、一日で観られたことも、喜びでした。

 一方、降誕劇の舞台であるベツレヘムは、今年は比較的暖かい冬のようですが、トランプ大統領の「イスラエルの首都はエルサレム」との宣言で、パレスティナの人々の心は凍り付いてしまいました。ページェントの舞台の平和の実現は、遥か遠いようです。

 日本のキリスト教文学の第一人者、三浦綾子さんの代表作に『氷点』という小説があります。物語は、主人公の女性の心の奥底にある「氷点」、つまり、凍り付くような苦しみに焦点を当てながら進行していきます。

 人間の心の中にある氷点を温かい愛で溶かすため、希望の星、イエス・キリストは誕生しました。ページェントの羊飼いや博士たちは、人間の罪がその心を凍りつかせても、永遠に消えることの無い希望の光であるイエスがそれを溶かし続けてくださることを知り、喜びにあふれたのです。

 「見て見て、凍ってるね。」ある寒い朝、霜を見つけて子どもに教えてあげると、微笑みながら、「シャーベットみたいだね」と微笑ましい答えが返ってきました。 この冬も、鹿島幼稚園の「氷点」は、子ども達の笑顔が溶かしてくれます。

                                       【2018年1月】
たぬき先生ありがとう
  十月二十四日、福島県いわき市白水のぞみ保育園理事長・園長、いわき食品放射能計測所「いのり」所長の明石義信牧師(常磐教会)を心キラキラ学の講師としてお招きしましたが、そこで先生が「いわきでも、放射能に不安を覚えながら過ごしている保護者が多くおられますが、大切なのは、子育てについて後悔しないように、それぞれの親御さんの出来る限りのことをするということです。」と言われていたことが印象に残っています。得体の知れない「放射能」という物を軽視することも、いたずらに恐れて振り回されることも良くないのだ、子育てに「正解」というものは無いのだから、自分が我が子にとってベストだと思う行動を取ることが大切だというメッセージとして受けとめました。

 その二日後、東京・原宿で五十五年間にわたって小児科医院を営み「たぬき先生」の愛称で親しまれた毛利子来さんが召天されました。八七歳でした。毛利さんは、子どもの見方、援助の仕方などについての世間の考え方を正す多くの著書を記されていますが、その中で、「幼い子は、得たいの知れぬ不安から外界に挑戦して、それを確かめ、体を動かしこころを躍らせることによって自分を知ろうとしているのです。」(『幼い子のいる暮らし』〔筑摩書房〕一四頁より)と述べておられます。毛利さんの考えの源流には、フランスの哲学者ジャン=ジャック・ルソーが著書『エミール、または教育について』の中で記した、児童の本性を尊重して自由で自然な成長を促すことが教育の根本であるという考え方があります。

 内野副園長から、「たぬき先生がお元気な頃、鹿島幼稚園に来て頂いて、たくさん大切なことを教えて頂きました。」という話しを聞きました。わたしは、直接「たぬき先生」のお話しを伺うことは出来ませんでしたが、ご指導下さった「たぬき先生」に、園長として心から感謝を申し上げます。ありがとうございました。たぬき先生も提唱されていた自由保育で伸び伸びと過ごす鹿島幼稚園の子どもたちの姿を天国から微笑みながら見守って下さっているのではないかと思います。

 今年も、自由に伸び伸びと成長した子どもたちと共に、クリスマスの喜びへの備えが出来ることを感謝しています。

                                       【2017年12月】
収穫感謝
 いよいよ秋が深まってきました。鹿島幼稚園でも色々なプログラムが守られています。「およごう!あそぼう!とびだそう?」〜キラキラうみのだいぼうけん〜と題しての今年のカーニバルも、無事終わりました。お友達のために楽しそうに応援している姿に、鹿島幼稚園らしい喜びが表れていましたし、プログラムに集中する一人一人の真剣な表情の中には、それぞれの成長の証しが示されていました。秋のハッピーバザーも、寒い雨空の元ではありましたが、盛会となりました。父母の会をはじめ、お手伝い頂いた皆様に感謝します。その他にも、お芋掘り、年長組の遠足と、実りの秋にふさわしく楽しいプログラムが目白押しです。そして、「大きくなったことを喜ぶ礼拝」では、みんなの成長を共に喜び、感謝します。

 秋の収穫は、人間の努力だけによるものではなく、神様の恵みによるものなのだと聖書に記されています。ただし、神様の恵みは、トラックで何十トン何百トンという形で運ばれてくるものではありません。一人一人に、異なった形で、その子にふさわしい「収穫」が与えられるのです。だから、去年の「収穫」と今年を比べることはできませんし、周りの「収穫」と自分の「収穫」を比べても無意味なのです。神様の恵みは、かけがえのないその一人のために、その人にふさわしい、その人にぴったりな形で与えられるのです。そのことに対して、一人一人が神様と向き合い、心深く喜びを言い表すこと、それが聖書が教える「収穫感謝」なのです。

 いろいろなことを体験しながら、それぞれの、世界でたった一つのその子らしいステキさが膨らんでいくことを願っています。

                                       【2017年11月】
すすめ!アンパンマン・バス
 今年もカーニバルが開催されます。鹿島幼稚園が運動会という言葉を使わないのは、競争するのが目的なのではなく、みんなで一緒に楽しむことが目的だからです。今年から、おじいちゃん、おばあちゃん参加のプログラムも加わり、みんなで、競争に勝つことよりも大切なものがあるというすてきな体験を新たな思い出としてそれぞれの心のアルバムに加えることができるでしょう。

 私は、この夏、思い出の地である土佐を訪れました。尊敬する龍馬の手紙を見ること、初めての主任牧師としてお世話になった潮江教会を家族と訪ねること、そして、子どもも大好きなアンパンマンの生みの親であるやなせたかしさんの生まれ故郷を訪ねることが目的でした。
 アンパンマンのテーマは、「自己犠牲」です。バイキンマンをやっつけるかっこよさが、目立ちますが、実は、バイキンマンが登場するまでのアンパンマンこそが、本当のアンパンマンの姿なのです。
 自分の頭をちぎって、飢えた人を助ける姿は、キリスト教にも通じるところがあります。イエス・キリストが「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。」と教えておられる通りです。

 今月から、鹿島幼稚園の大バスが「アンパンマン・バス」になります。園舎同様、バスも古くなって、ドライバーさんたちにもご苦労をかけていましたので、新車に切り替えました。その際、職員からのリクエストもあり、フレーベル館さんにお願いして、アンパンマンを描いて戴きました。アラウンドビュー・モニターを搭載する等、安全装備もばっちりです。もっとも、鹿島幼稚園のドライバーさんたちは、ディーラーの営業マンが「あの狭い車庫に、よく上手に入れられますねえ〜。」といつも感心するぐらいの名ドライバーなので、「弘法筆を選ばず」だと思いますが。

 これから、鹿島幼稚園の子どもたちは、登降園や遠足などで、アンパンマンに乗って走ります。
 アンパンマンのように、自分の命を献げて、愛してくださったイエス様に守られて、喜びながら、元気いっぱい走り続けます。

                                       【2017年10月】
信じられて信じる
 8月に予定通り、園舎の全面補修工事が行われ、外壁、保育室、トイレの他、照明が全てLEDになる等、子どもたちがより一層安全、快適に過ごせる環境が整いました。工事中は、保護者の皆様には何かとご不便をおかけしましたが、ご理解、ご協力を戴き、感謝します。

 元々、土木会社が建てた頑強な構造の園舎に、久保田園長時代には、耐震補強工事も完了しているので、地震にも安心です。少し前、行政から「アスベスト使用」についてのアンケートが届き、建築当初のことが分らず、久保田先生にメールしたことがありました。直ぐに来たお返事には、「当時の建築物には珍しいと思いますが、鹿島幼稚園の園舎には、アスベストは一切使用されていません。」とありました。頑丈な構造や、使用する材料へのこだわりに、初代園長の青木敬和牧師や鹿島教会員の心にある園の子どもたちへの深い愛情を感じました。
 
 その青木先生から、誕生日プレゼントに、佐々木正美著『続 子どもへのまなざし』(福音館書店)を戴きました。『子どもへのまなざし』も愛読書だったので、嬉しく読ませて戴きました。その中に、こんな一節がありました。「…このことは二十数年前に、もう決着が付いていますが、定時授乳ではなくて、子どもの望むように授乳をした方がいいといわれています。…子どもがおっぱいを欲しがったときに、お母さんがすぐやってきて授乳をしてくれると、子どもにとっては、自分の欲求が満たされることになり、そのことによって人を信じる力とか自分を信じる力、あるいは、主体性とか自主性というようなものが育っていくのです。ところが、子どもが望んだにもかかわらず、定時授乳を頑固に守ると、子どもというのは相手に対する不信感、それから、自信の無さ、些細なことで挫折する、忍耐力が無い、主体性が無い、自主性が無いといったように、そういうふうになっていくことがわかりました。」

 以前に受けた研修でも、質の高い〇歳児保育が、生きる意欲と豊かに学ぶ土台を作るということが述べられていました。自分という存在を尊ばれ、信じられることにより、信じる人へと成長する歩みは、0歳から始まっているのです。未来に向けて、これからも、子どもたちが過ごす環境を整えつつ、一人一人の人格を尊重し、信じ、愛し、大切に見守っていく保育を続けていきたいと願います。

                                       【2017年9月】
「ほんもの」を遊ぶ
 先日、鹿島幼稚園では、京都府宇治市の「キッズいわきぱふ」の代表、岩城敏之さんに来て頂き、保育の中で、ヨーロッパのおもちゃのレクチャーをして頂きました。みんな初めて手にするおもちゃも多く、「ほんもの」のおもちゃをたっぷり楽しむことが出来ました。岩城さんによると、世界で一番「ほんもの」のおもちゃを研究しているのは、ドイツだそうです。その研究によると、テレビゲーム等の二次元のバーチャル世界ではなく、例えば、素朴な積み木遊びなどが、脳の正常な発育を促し、バランスの取れた人格形成につながるという結果が出ているのだそうです。ご協力下さったバザーの収入等も用いさせて頂きながら、更に良いおもちゃを充実させていきたいと願っています。岩城さんは、1月の心キラキラにもおもちゃを持って来て下さるので、お楽しみに!

 百ます計算で有名な陰山英夫さんが、東大生の保護者を対象にしたアンケートを採った時に、面白い共通点があったそうです。それは、子どもがティッシュを取り出す遊びをどの親も妨げなかったという点であったそうです。陰山さんは、ティッシュを最後まで取り続ける遊びが出来た子は、物事をとことん探究するという力を育てられたのだと指摘しておられます。

 この時期、子どもたちと自然の中でじっくり「ほんもの」に触れる機会もあるのではないかと思います。イエスさまは、「栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。」と語られ、人が作る物ではなく、神様が作られた一輪の花の美しさを指摘されました。遠くに出かけなくても、例えば、近くの公園などを散歩して、土に触れたり、小さな草花を見つけたりすることも「ほんもの」を遊ぶ時間となります。

  親子で過ごせる貴重な時間を子どもたちが、愛情に見守られながら「ほんもの」の遊びをたっぷりして、素晴らしい人格形成へとつながるよう、楽しみながら、ゆったりと過ごして頂ければと願っています。

                                       【2017年8月】
何のために「叱る」のか
 児童心理学者で、医師の平井信義さんは、その著書『子どもを叱る前に読む本』の中で、子どもの叱り方について、「失敗を叱るのは厳禁」であると述べておられます。なぜなら、子どもの成長過程には、必ず失敗が伴うものであり、「失敗」は次には失敗しないように行動しようという「挑戦」への「意欲」につながっていくからだと指摘しています。そして、お皿を落として割ってしまった時など、大人はついつい「ほらごらん」と言ってしまうけれど、それは「しまった」と感じている子どもに、更に追い打ちをかけて傷つけるもので、自己反省能力が育つ機会を無くしてしまう行為になってしまうのです。平井さんは、子どもが失敗した時には、「この次にはがんばろうね」と声をかけるそうです。そして、子どもと一緒に壊れた食器を片付けながら、怪我をしない方法も教え、更に、もう一度、子どもに食器を運ぶ機会を与えるのだそうです。私は、そこには、「放任」と「自由」の違いが示されているように思います。平井さんは、決して子どもの失敗を放任しているのではなく、失敗から学ぶための自由を与えているのです。
 
 これから、夏休みの時期に入り、それぞれのご家庭でも、お子さんと共に過ごす時間をたっぷり取れる機会も多くなることでしょう。「叱り方」も見つめ直しながら、その時間をぜひ、子どもたちの成長へとつながる時間として、大切に過ごしていただきたいと願っています。そして秋からは、それぞれたくましく成長した子どもたちと共に、補修工事が終わって更に快適になった園舎で、元気いっぱい遊べることを楽しみにしています。

鹿島幼稚園の子どもたちが、神様の深い愛に見守られていることを感謝しつつ、その心をそばで支えながら、共に成長を見守り続けていきたいと思います。

                                       【2017年7月】
小さな者に仕える
 間も無く開催される予定の初夏のバザーのために、バザー委員長の皆様をはじめ、父母の会の皆様にたくさんのご協力を戴いております事を心より感謝申し上げます。子どもたちも、バザーを楽しみにしていますし、得られた収入は、全て子どもたちのために、より良いおもちゃを購入したり遊具類などの設備を充実するための費用に充てさせて戴きます。今年も、卒園児の保護者の皆様や教会関係者のご協力も戴き、親子共々楽しめるバザーにしたいと願っていますので、よろしくお願い致します。
バザーを始め、お誕生会や遠足など、特別なプログラムを経験する事は、子どもたちにとって、成長のための大切なステップとなります。

 また、普段の遊びの中でも、子どもたちは少しずつ成長していきます。例えば「うんてい」が、成長の証しとなる子もいます。「園長先生、見ててよ。」と、うんていをスイスイとやって見せてくれた子がいました。かつては怖くて近寄れなかったうんていに、よじ登り、渡りきる事ができた子どもたちの顔は皆、満足げで誇らしげです。三輪車に乗るのが好きな子であれば、最初はカーブでバランスを崩していたのが、日に日にスムーズに旋回できるようになっていきます。うまく曲がれた後、にっこり微笑む顔は、心を和ませてくれます。最初は、虫が怖かったのに、ダンゴムシ探しが大好きになって、「ほら見て」と、捕まえてきたダンゴムシを見せてくれるようになった子もいます。一人一人が、それぞれのペースに合わせて逞しく成長していくのを見守るキリスト教保育に関われる事は、とても大きな喜びです。

 イエス・キリストは、子どものような者こそ神の国に相応しい、小さな者に仕えよと教えました。キリスト教保育は、その教えから誕生しましたが、子育ては、神の国はこんなにすてきなのだとの喜びを感じる事ができる尊い業なのです。小さい命が被害者となる悲惨な事件が後を絶たないという現代社会において、神に愛されている子どもたちの命に仕える喜びを感謝しながら、共に見守り続けていきたいと思います

                                       【2017年6月】
共に喜ぶ
 一学期が始まり、やがて1ヶ月が経とうとしています。今年の子どもたちも、落ち着いて日々を送っています。特に今年の年少さんたちにおいては、認定こども園の制度が定着してきた中で、園生活経験者の「ベテラン」たちが良い影響を与えてくれているようです。年長、年中さんたちも、年下の子たちに気配りのできる優しさをもったステキなお兄さんお姉さんたちなので、園全体に楽しい雰囲気が満ち溢れているように感じます。その事の理由の一つは、保護者の皆さんが園を信頼し、大きな協力を戴いていることにあります。その思いが子どもたちの心にも伝わって子どもたちの素直な喜びとなっているのです。これからも、大きな怪我など無く、元気に楽しく過ごせるよう見守っていきたいと思いますので、変わらぬご理解、ご協力をよろしくお願いします。

 聖書の教えに基づくキリスト教保育を実践する鹿島幼稚園ですごす子どもたちは、一人一人が、夢中になって遊び、やがて、その喜びをみんなと分かち合えるようになります。神様の愛に守られながら、家族の皆様に愛され、お友達とのびのびと、共に喜びを分かち合いながら、自由に遊ぶ日々を送ることで、それぞれの人としての根っこがしっかりと育ち、やがて大人に成った時には、共に喜べる社会を形成するステキな一人一人へと成長していくのです。

 5月には、母の日という記念日が有ります。デパート等では、カーネーションのみならず、様々なプレゼント商戦が展開されているようですが、元々は、教会で始まった記念日です。南北戦争中のアメリカで、平和活動をしていた母親を記念し、教会の人々に、白いカーネーションを贈ったアンナ・ジャービスという一人の女性の提唱により、アメリカの記念日の一つとなったのです。母の日も、愛されて育った一人の人の思いが、その起源なのです。「母の日礼拝」をはじめ、鹿島教会の礼拝や集会は全ての方に開かれたものですので、どうぞ自由にご出席下さい。
                                       【2017年5月】
神の愛の園
 ご入園、ご進級を心よりお祝い致します。先月、年長組の子どもたちが元気に卒園して行きました。
そして、みんなピカピカの一年生になりました。認定こども園には、毎日子ども達が登園しますが、年長組卒園後は、淋しかったです。しかし桜前線が上昇する中、再び多くの子どもたちが元気に登園し、また賑やかになりました。  新入園児さんたちは、最初は少し不安があるかもしれません。でも鹿島幼稚園には、頼もしいお兄さん、お姉さんたちがいます。それぞれステップアップした新しい日々に、ワクワクしています。砂場、木のお家、三輪車、ブランコ、サッカー、積み木、お絵描き、お散歩…その他たくさんの遊びを一緒にしながら、豊かな時を過ごせることを楽しみにしています。鹿島幼稚園は、家族はもちろん、お友達、お友達の家族、保育者、地域の方々、卒園生、教会の人たち、そして何より神様の愛に見守られている園です。  鹿島幼稚園でよく読まれる聖書の言葉は「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。」(ローマの信徒への手紙十二章十五節)です。キリスト教を世界に広めたパウロという人の言葉です。
 
 鹿島幼稚園では、子どもたちが喜びを共有する体験を重ねる中で、共に生きる力を育んでいます。この春、節目を迎える子どもたちは、きっとこれからも「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣く」事の出来る人として歩んでいくでしょう。  昨年、わたしは園長「一年生」として様々な経験をしました。楽しい時も、そして、悲しい時も、いつも子どもたちが支えてくれました。今年度も子どもたちと共に、一日一日、喜びの日を重ねていきたいと思います。  子どもたち一人一人が、神様の深い愛に守られる日々を一日一日重ねながら成長し、やがては、その愛を隣人と共に分かち合える人となることを心より祈っています。

                                       【2017年4月】
       

和をともに


本当の自由を獲得する
 同志社大学ラグビー部を三年連続日本一に導き、神戸製鋼七年連続日本一に貢献し、今後の日本ラグビー界を背負うべき人物とされていた平尾誠二さんが、昨年の十月、五十三歳の若さで召天されました。同じ時期に同じ大学で学生生活を送った私も、ファンの一人でした。平尾さんは、同志社の自由度の高い日本一の展開ラグビーについて、「『自由』とは、『好き勝手』ではなく、厳しく自らを律することから生まれるもの」であると言っておられました。

鹿島幼稚園園長として歩み始めた一年目、不安な事もありましたが、信頼できるスタッフ、そして、保護者の皆様の深いご理解、ご協力を戴き、大切なお子様達の命を守り、育む事を無事終えようとしている今、改めて心から感謝しています。そして、最初は(誰だ、この人?)という表情で見ていた子ども達が、今では愛情こもった大きな声で「園長先生〜」と呼びかけてくれる事が、この上ない喜びです。成長した子ども達を目の当たりにしつつ、冒頭で触れた平尾さんの言葉に触れた時、子ども達の成長に関わる自由保育の大切さを改めて思わされました。自由保育は、まず、個人一人一人が、しっかり遊び込めるようになることを目指し、見守る事からスタートします。やがてその遊びは、お友達の関係の中へと広がり始めます。時には、自分の思い通りにいかない事も起きます。その中で、子ども達は、大人に強制されるのではなく、自らの力で、我慢する事、考える事を学び、自ら決断する力を育むよう一人一人の人格を大切にしつつ注意深く支えていくというのが、自由保育です。聖書に、「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」(ローマの信徒への手紙十二章)という言葉が有ります。聖書における自由とは、神様に喜ばれる自由であり、それは、人に指示される事無く、自ら考え、行動し、喜びも悲しみも、他者と共有できるような人生を送るという事なのです。子ども達は、この一年も鹿島幼稚園で、神様の愛に守られながら、しっかりと遊んで、聖書が教える本当の自由を獲得する人へと成長しました。春から始まる新しいステージでも、更に成長し続けるよう神様が導いて下さる事を確信しています。(一年間、ご愛読ありがとうございました。園長:大塚 愼)

                                       【2017年3月】
明日への祈り
 1月の心キラキラ学に、元筑波宇宙センター所長の菊山紀彦さんをお招きしました。菊山さんは、種子島宇宙センターの所長時代には、国産のH―Uロケットの打ち上げをされ、歴代の日本人宇宙飛行士である毛利衛さん、山崎直子さん、向井千秋さん、若田光一さん等多数の宇宙飛行士の訓練もされた方です。質疑応答の時、卒園の保護者の方から「宇宙飛行士になるための条件は何でしょうか?」という質問がありました。菊山さんのお答えは、「語学力、技術力等いろいろありますが、一番大事な資質は『切れない人である』事です。なぜなら、宇宙空間で、『お前らなんかダメだ』と切れてドアを開けて出て行けば、『全滅』ということになるからです。」 「切れないこと」…これは、学力や訓練でどうにかなるものではありません。最近の子ども達は、ちょっとしたことで「切れやすい」と言われることがよくあります。それは、「ストレス社会」に生きている大人達の影響と無関係ではないでしょう。

 先日、園でお餅つき会を行いました。私も「園長先生、頑張って!よいしょ!」子ども達に励まされながら共に楽しくつきました。「お餅つき」は、人々の健康を祈って行われる日本古来の伝統行事です。伝統行事というものには、いわば幸福への願い、祈りが込められていて、その祈りには、キリスト教、神道、仏教の壁も無いのだと思います。使徒パウロは「わたしは、祈りの度に、あなたのことを思い起こして、いつもわたしの神に感謝しています。」と述べていますが、鹿島幼稚園で行われる行事一つ一つも、子どもたちが元気に育ってくれるようにとの願い、祈りに基づくものです。

 子どもたちへの祈りは、わたし達の未来への祈りであり、明日へと向かう希望の祈りです。子どもには大人には無い、無限の想像力があります。希望を描き続け、絶望しないという想像力です。わたしも毎日、鹿島幼稚園のみんなから無限の元気を戴いています。その力を大人が奪ってはなりません。受験のためだけの教育や、幼児虐待等々、現代社会は子どもの想像力を奪うような数々の悪に満ちています。その危機から子どもたちを守る原動力となるのは、大人達の心からの祈りであり、その祈りに基づく行動なのです。

 これからも、子ども達のために、明日への祈りを共に捧げていきたいと思います。

                                       【2017年2月】
愛は昇る太陽のように
 乳幼児教育学、保育学の専門家で、テレビでもおなじみの大豆生田教授(玉川大学)が、アメリカで行われた「ペリープリスクール調査」の紹介をしておられました。その調査によると、乳幼児期に、「質の高い」保育を受けた子どもは、成長の段階で、社会情緒的スキル、つまり、意欲、自尊心、やり遂げる力、社会性などにおいて大きな伸びが見られるとのことでした。大豆生田教授は、墨田区子ども子育て会議会長もしておられるのですが、来年度以降改訂されていく、国の幼児教育・保育要領も、保育の質の高さに重点が置かれているとのことでした。質の高い保育とは、すなわち、子ども主体の「遊び」による学習を軸とする保育です。鹿島幼稚園が大切にしているキリスト教保育のエキスパートでもある大豆生田教授が、行政機関においてもブレーンとなってリードして下さっていることは、心強い限りです。

 先月は、鹿島幼稚園におけるキリスト教保育の集大成とも言える、年長さんによるページェントが上演されました。私にとっては、初めての鹿島のページェントでしたが、一言で言って、とても素晴らしかったです。できばえの素晴らしさもさることながら、私は、その準備段階にも感動しました。それは、役決めを、みんなの話し合いで決めるという点です。正直、幼児には、大変難しいシステムだと思います。小学生になっても苦手な子も多いでしょう。それが、年長さんの時に既に出来るのは、まさに、遊びを中心に、自己肯定感や協調性などを充分に伸ばしてきたキリスト教保育の賜物であると思います。一生懸命に楽しみながら準備の出来た子ども達に、そして、タイムリミットがある中、ギリギリまで子ども達の主体性を第一に考えながらサポートし続けた教師陣にも拍手をおくりたいと思います。

 イエスは、「空の鳥を見なさい、野の花を見なさい。神様は、この小さな者たちを守り育んで下さる。ましてや、あなたたちを愛されないはずはない。」と、教えたのですが、これは、キリスト教保育の原点でもあります。たとえどんなに悩み、仮に、絶望しそうになったとしても、必ず昇る太陽のように、降り注がれ続ける神の愛に守られている…それこそが、子ども達の成長を信じ、愛情深く寄り添い続けるという鹿島幼稚園も大切にしているキリスト教保育の根拠となる希望なのです。

                                       【2017年1月】
クリスマスの光
 パーティーでプレゼントを沢山もらって、明るく楽しく、物が溢れていて、笑い声が絶えない…クリスマスのイメージといえば普通そのようなものでしょう。しかし聖書は、全く別のイメージでクリスマスの世界を描いています。
 ユダヤ教の掟が厳しく守られていた時代に、結婚前に身ごもったマリアの不安と戸惑い。夫ヨセフは、ひそかに縁を切ろうとしたとも記されています。ローマ帝国による人口調査のため、生まれ故郷で登録しなければならず、どこの町も旅人で溢れていました。身重のマリアとヨセフは、かろうじて馬小屋に泊まれ、イエスを生みました。誕生の知らせが最初に届けられたのは、真夜中の寒さに震え、羊の番をしていた羊飼いたちでした。彼らはその職業故、罪人として不当な差別を受けていました。一方、博士たちは、星だけを目当てにしながら果てしない砂漠を横切る旅を余儀なくされました。イエスの母と父となった二人、最初に御祝いに来た羊飼い、献げ物をした博士たち…「クリスマス・パーティー」が開かれるような世界とはほど遠い環境におかれた登場人物たちが、キリスト降誕を喜ぶ最初の当事者となったのです。

…11年前のアドベントのある日、私の妻栄美が、心臓麻痺によって子ども達の目の前で突然倒れ、そのまま天に召されました。その直後から、遺された家族は、闇に包まれたような日々を送っていました。なぜ神様は、喜びの日へと向かうアドベントに、妻の命を奪われたのか、私には理解できませんでした。しかしその後、アドベントであったからこそ、私の心は壊れず、希望へと導かれることになったのだと、次第に分かっていきました。
 
 クリスマスは、神の子が人間の世界に誕生した出来事です。神のひとり子イエスは、人と人とを出会わせ、共に生きることを喜べる世界を示しました。「ダメ」というレッテルを貼られていた人々は、イエスに「あなたはそのまんまでステキなのだ」と語りかけられ生きる喜びを獲得したのです。
 アドベントに入り、子どもたちはローソクに火が灯る度に、クリスマスへの期待を膨らませています。ローソクの光は、決して眩しすぎる事の無い、人々を包み込み、人と人とをつなぎとめる「やさしい光」です。十一年前のアドベントに、壊れかけた私たち家族の心も、その光によって癒され、その後、泰惠さんとの歩みを与えられ、栄美との間に与えられた二人の息子も元気に成長しています。

 アドベントは、イエス・キリスト降誕の光に包まれながら、神の愛の世界がはじまる時です。
みんなで一緒に、心から喜べる時を迎えたいと思います。
                                       【2016年12月】

実る秋
 実りの秋を迎えました。鹿島幼稚園でも色々なプログラムが守られています。
「あつまれ!みんなでつなごうカーニバル」〜オリンピックがはじまるよ!〜と題しての今年のカーニバルも、無事終わりました。我が家では「まだまだ幼い」と思っていた子ども達の一生懸命な姿に、ウルウルきたのは、私だけではなかったでしょう。また、自分の競技でない時も、お友達のために一生懸命応援していた子どもたちの姿が印象に残っています。今年も鹿島幼稚園らしい楽しいカーニバルとなりました。お手伝い頂いた保護者の皆様にも、心より感謝します。また、遠くから、近くからも、祖父母の方々が多数集まって下さった「ぽかぽかふれあいデー」では、園長の話に、真剣な表情で聴き入る皆さんの様子を通して、子ども達への深い愛情を感じました。

 そして、秋のハッピー・バザーへの、保護者の皆様を始め多くの方々のご協力を心より感謝します。晴天にも恵まれ、皆さんによる準備が、大きく実った喜びの時となりました。その他に、お芋掘りや年長組の遠足も予定しています。実りの秋を迎えて、様々な出来事の場面、場面で、笑顔があふれる子ども達の様子が思い浮かびます。

 鹿島幼稚園にとって、何よりも大きな実りは、子どもたちの成長です。実りの秋を迎えて、様々なプログラムを通して子どもたちの成長を実感できることは何よりも大きな喜びです。子どもたちを成長させて下さる神さまの恵みに心から感謝すると共に、これからも、神様に愛されながら、子どもたちが大きく実り続けることができるよう見守っていきたいと思います。


                                       【2016年11月】

小さな一人のために
  リオ・パラリンピックが終了しました。個人的には、オリンピックより、パラリンピックの方が感動した場面が多かったように思います。それは、ロシアのドーピング問題等で揺れるオリンピックよりも、より純粋に、ひたむきに競技に打ち込んでいるパラ・アスリート達の姿のためであったように思います。

 鹿島幼稚園でも、カーニバルが開催されます。奇しくも、今年は、カーニバルで世界的にも有名なリオでオリンピック・パラリンピックが開催された年に重なりました。
走ったり、跳んだり、まわったり……、普段子どもたちが遊びの中で体験していること、そしてお家の人たちと一緒に過ごすことなど、形を少し整えて共に楽しむのが鹿島幼稚園の運動会です。鹿島幼稚園のカーニバルは「勝ち負け」に拘る場ではなく、個性を発揮できる一つの場なのです。そこで子どもたちは、競争に勝つことよりも大切なものがあることを学びます。

 全体主義的な社会では、個性とは不要か、むしろ害に成るとされてしまいます。そういう個性を認め得ない社会は、例えばアリなどの昆虫の群れに等しく、変化や発展にも限界があり、人間関係が崩壊し、やがては滅びることになります。

 人間は取り替え可能な「消耗品」ではなく、一人一人が、文字通りかけがえのない存在なのです。全ての子どもたちが、一人一人の個性を尊重し合える、お互いの違いを認め合える大人へと成長し、喜びと希望に満ちた社会を造っていけるよう願っています。

 一人一人の個性を大切にする、カーニバルを共に楽しみたいと思います。
                                       【2016年10月】

ファンタジーを育む
 27日の心キラキラ学Bでお話しくださる春日幸子さんは、鹿島教会の役員でもありますが、絵本読み聞かせの会「ぐりとぐらの会」代表、かしま少年少女合唱団「虹Kids」団長を務めるかたわら、FMかしま市民放送局では、「ことばの宝石」のパーソナリティーとしてもご活躍中です。毎週月曜十二時三十分、ラジオから、春日さんの優しい声が聞こえてきます♪  また、東日本大震災被災地支援のイエローフラワーロード絆結プロジェクトに協力し、度々、東北の地を訪れる等、様々なボランティア活動に参加しておられます。

 春日さんは、現在、鹿島幼稚園の評議員としてもご奉仕くださっているのですが、三人のお子さんが鹿島幼稚園に通ったという元保護者でもあります。自らも母親として子育てを経験され、また、子どもの成長を見守る数々の活動を行うことを通して、子どもの成長にとって大切な事は何かとういう事を常に考えてこられました。 それは、ひとことで言えば、子どもの心の中に生きる「ファンタジーの世界を育む」歩みであったと思います。春日さんの名著に、『テディベアがはこんだ夢』(講談社)という本がありますが、これも、テディベアが旅をするという夢のあるお話です。春日さんは、いつもにこやかに、穏やかに話される方で、私も、春日さんとお話ししていると心が癒される思いになるのですが、そのお人柄から来る温もりは、様々な活動を通して出会う子ども達を心にファンタジーがいっぱいつまった優しい人へと成長させていったことでしょう。
 
 数多くのロングセラー絵本を出版されている、こぐま社社長・吉井康文さんは、子どもが気に入った絵本を繰り返し持ってくるのは、そのお話がどんなに波乱万丈でも、最後には安心できる場所に戻ってくる「行きて戻りし物語」であることを子どもが知っていて、安心できる場所で安心できる声でそのお話を聞きたいというのが「子どもの想い」であり、その想いを叶えてくれるのが「長く読み継がれてきた絵本」なのだと話しておられました。

 絵本は、ファンタジーへの入り口であり、出口です。心キラキラ学で、春日さんのお話を聴く事をきっかけに、豊かな子育てへと繋がる、ファンタジーの扉を開きませんか?

                                        【2016年9月】

「平和」とは 
「蝉が鳴く頃に始って、蝉が鳴き終わる頃に終わるのが日本の平和活動である。」と皮肉られていた事がありましたが、最近は、蝉が鳴き出しても平和運動が始まらなくなったと嘆く人もいるようです。八月は、六日が広島、九日には長崎に原子爆弾が投下され、十五日に敗戦を迎えたという記念の月です。十五日を「終戦」記念日と言う人もいますが、あの日に戦争が終わったとは言えない現実があります。原爆記念日には、今でもこの一年間、新たに確認された原爆犠牲者の名前が加えられています。遺族にとっては、戦争は終わっていないのです。あの日は、軍事的作戦が終了したに過ぎないのです。そして今、日本は、着々と戦争が出来る準備をしているかのような動きを進めています。諸外国とコミュニケーションが取れない国には、戦争という破滅しか待っていません。
 鹿島幼稚園では子ども同志の世界を尊重する方針を大切にしています。例えば、子ども達は時に、自分の主張を貫くために、友達と喧嘩もします。但し、子ども達の喧嘩は、仲が良い関係の中で生じるのです。夢中になって遊んでいれば、当然、お互いが自己主張をするので喧嘩も起こるのです。しかし大抵は、大人が仲裁しようかと身構える間も無く、ケロッとして一緒に遊び出すものなのです。下手に大人が間に入ると「どちらが先に手を出したの?」「どちらが悪いの?」と裁判官になってしまうのです。子ども達は、喧嘩をすると同時に、壊れてしまった友達との関係を修復する力を持っています。大人は、そこを信頼して、怪我等の危険性が無い限り、見守りながら、できるだけ口も手も出さないことが、その子どもの人間性を認め、その子どもを一人の人間として愛し、成長させることに繋がるのです。大人との関係が強すぎると、そういった、子どもが本来発揮出来る可能性のある力をスポイルして、子ども同士が対等の関係を楽しむ力を弱めてしまうことになるのです。
 平和は、上からの圧力によっては決して実現しないということ、そして、平和の特徴は、何より弱い者が喜んで生きることができる世界だという原点を親子の関係の中でも実感しながらこの夏を過ごしたいと思います。


                                        【2016年8月】

魂に寄り添う 
鹿島幼稚園園長として、三ヶ月が過ぎました。
我が家の長女と三男を通しても、鹿島幼稚園の色々なことを教えてもらっています。今、長女はお部屋遊びに、三男は、お外遊びに燃えているようです。長女は、毎日、色々な「作品」を持って帰ってくれますし、三男は、一日として、朝と同じ服で帰ってきた事がありません。

3月までお世話になっていた、宇治教会附属愛児園同様、園の中に自宅があって、子どもの様子が見えるというのは、色々な意味で有り難いなと感じています。
 ある日、車で走っている時に、鹿島幼稚園の園児を見かけました。その子を真ん中に、両隣でお父さんお母さんがその子を囲むようにして見つめているという姿でした。その光景を見て、親子の愛情を感じ、心があったかくなりました。

 子育てとは、何よりもまずその子の魂の傍らに立ち、大切な一人の人格として、深い愛情をもって見守り続けることであると思います。それは、鹿島幼稚園が大切にしている保育の在り方でもあります。

これからも、職員一同、保護者の皆さんと共に祈りと力を合わせて、子どもたちを見守り続けていきたいと思います。


                                        【2016年7月】

ビスターライ、ビスターライ! 
ゴールデン・ウィーク明けは、少し興奮ぎみだった子どもたちですが、徐々に落ち着きを取り戻して、今はまた普段通り、保育室や園庭で色々な遊びを楽しんでいます。朝やって来ると、まずブランコするのが日課である子、虫探しをする子、いつもの仲良しと手をつないでお散歩する子たち…微笑ましい姿を眺めていると、こちらも楽しい気持ちになります。「新園長」にもだいぶ慣れてきてくれたようで、歩いていると「園長先生〜」と大声で呼んでくれます。

 ただしこの時期は、春の大きな変化が一段落して、少し疲れがたまってくる頃でもあります。健康に留意して、ときにはお家で絵本を読んであげたりしながら、ゆっくりと過ごす時間を作って頂きたいと思います。親子が共にゆったりとした気持ちで過ごせる時間は、何にも代え難い貴重なものであり、将来の人間関係における豊かなコミュニケーションのための基礎でもあります。

 わたしは学生時代に、日本キリスト教団京都教区主催の「ネパール・ワークキャンプ」に参加しました。ネパールでは様々なことを教えられましたが、ネパールの文化を象徴するものに「ビスターライ」という言葉があります。「ゆっくり」という意味です。実際、ワークキャンプの中でも、わたしたち日本人があせって何かをしようとする度に、ネパール人スタッフが微笑みながら「ビスターライ、ビスターライ」と声をかけてくれました。最初はイライラすることもありましたが、やがてネパールのゆったりと進んでいく時の流れの心地良さを教えられ、あくせく生きる自分の愚かしさを反省したのです。一分一秒を争って生きるうちに、わたしたち日本人は、何か大切なものを置き忘れてきてしまったのかも知れません。
 
 親子の豊かな関係を築くために、ビスターライ、ビスターライ!
                                        【2016年6月】

出会いは始まり
新入園の子どもたちは、住み慣れたお家を出て新しい環境に飛び込んだばかりで、不安もあると思いますが、落ち着いた雰囲気の中で、徐々に遊びやお友だちに目が向けられるようにもなっています。進級した子どもたちも、多少の戸惑いを覚えながらも、これまでの友だち関係や遊びを土台にして新しい環境を受け入れようとしています。この段階で大切なことは、出会いです。出会いは、人間にとってとても大切な事柄です。鹿島幼稚園のみんなも、この時期、新しい出会いを重ねながら社会で生き始める第一歩を踏み出しました。人生を歩み始めたばかりである子どもたちが、鹿島幼稚園での楽しい時間を通して、豊かな出会いを重ねていけるよう、神様のお守りをお祈りしています。
出会うためには、ある意味「冒険」も必要です。

園では、子どもたちが安全に遊べるよう、協議し、命を守るための注意を払っていますが、但しそれは、子どもたちの周りから、あらゆる「危険」を排除するという意味ではありません。時には、石ころにつまずいて、ひざをすりむいて、泣いて、痛さを覚え、今度は上手に怪我をしないように転ぶことを覚える、それもまた、大切な命を守るための子育てでもあるのです。転ぶ前に手を差し伸べてばかりでは、いざという時に自分を守れず、命に関わる大怪我をしてしまう恐れがあるのです。
この時期、時にはハラハラする場面もあるかもしれませんが、神様の愛に守られて成長していく姿を安心して見守ることが、子どもたちの更なる成長へと繋がります。

                                        【2016年5月】

初めまして 
 「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。」
       新約聖書『ローマの信徒への手紙』12章より

ご入園、ご進級を心よりお祝いいたします。はじめまして。「おおつか しん」と申します。この度、久保田園長の後任として京都の宇治教会より転任してきました。初めてのことばかりで、慣れないことも多々有りますが、経験豊かなスタッフ、理事に助けてもらいながら一歩一歩、歩みを重ねて行きたいと思います。我が家の長女と三男も鹿島幼稚園でお世話になりますので、どうぞよろしくお願いします。

宇治教会にも、「愛児園」という名前の幼稚園があり、そこでも園長として子どもたちとの豊かな歩みを与えられました。同じように、この鹿島幼稚園でも、豊かな時を過ごせることを楽しみにしています。

前任の久保田園長は、園長コラムの中で次のように記しています。「鹿島幼稚園で最もよく読まれる聖書の言葉の一つに『喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい(ローマの信徒への手紙12章15節)』があります。キリスト教を世界に広めたパウロという人の言葉です。・・・鹿島幼稚園では、子どもたちが喜びを共有する体験を重ねる中で、共に生きる力を育んできました。この春、それぞれに節目を迎える子どもたちは、きっとこれから先も『喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣ける』人として歩んでいくことでしょう。」

わたしたち鹿島幼稚園は、神の子イエス・キリストの愛に守られている幼稚園です。神様がこよなく愛して下さっている子どもたちと共に、色々な意味において成長を重ねて行きたいと願っています。久保田園長も言われている通り、子どもたち一人一人が、神様の愛を豊かに携えて成長し、やがては、その愛を隣人と共に分かち会える人となることを心より祈っています。
                                        【2016年4月】